4/23 TUE

4月も後半だけど、まだ寒さがなんとなく取れない。こう書くと寒さは完全に悪者だが、わたしは大歓迎である。
ホワイトプランをダブルホワイトに変更しようかな〜と思い、ソフトバンクショップへ行ってみた。平日の昼なのですごくすいていて、対応がとても良かった。店では履歴をさかのぼれなかったので、電話してみると、コールセンターにもすぐつながり、人の感じもこれまたすごくよかった。あれ?去年まではどちらも最悪だなと思っていたのだけれど、もしかして「つながりやすくなった」のと同様、(派遣)社員教育も改善されてきているのかしら。そう願う。結局、この一年間でダブルホワイトにする価値があるくらい通話していたのは、去年の10月と、この4月だけだったので、まだ様子を見ることに。ちなみにその二ヶ月とも、なぜそれだけ通話料が高くなったのか、はっきりとした要因が思い当たる。
息子は、お風呂から上がるとき「ノンタンブランコのせて」から引用した、1~10まで数えるセリフを言ってから上がる。(わたしも昔そうしていた。)昨日までは「いち、い、しゃん、し、ごー、ごー、しち、はっち、きゅーじゅ!ま〜け〜ま〜け〜しゃこぽっぽ、ぽ〜っとなったらアイヤイヤイヤ、ボート!!」と言っていたのに、今日突然最後のところが正しくなり、「ぽ〜となったら、あがりましょ」になった。しゃこぽっぽ、が「きしゃぽっぽ」になる日も近いのかな。
実家に、妹が集めている、いしいしんじの小説がわりとたくさんある。わたし自身は、「麦ふみクーツェ」だけは自分で買った記憶があり、あとはその妹のを何冊か読ませてもらった。一冊の中に、好きな描写と嫌いな描写が両方あるのだが、「好きでも嫌いでもない」描写ばかりの作家よりはずいぶん印象的だ。そして、彼のブログをたま〜に(年に3回くらい)読む。最近読んでみたら、2歳のお子さんがおられるらしく、すごく親近感がわいた。その中から引用→「どんどん発音がうまくなる。うれしい反面、この胸のひりひりはなんだろう。」ものすごくよくわかるし、この感情を単純な一文であらわしてしまうのが、さすが作家だと思った。
作家といえば、今日村上春樹のインタビューのチケットの当選結果が届いた。結果、わたしはハズレ。父は当たり!生村上春樹が見てみたい、というわたしのミーハー心はかなえられなかったわけだが、ここ数年、彼の小説を熱心に読んでいる父が当たったのは幸いだった。また話をきかせてもらおう。落選したよ〜と千絵ちゃんにメールで言ったら、「応募してたの、村上春樹だったのか!隆と勘違いして、ストライクゾーン広いな〜と思ってた」と返事がきた。隆もいるし、龍もいるし、村上は色々いる。
夜は、ルクルーゼのレシピ本から、「蒸しナス」を作ってみた。売られているナスの種類が福岡とぜんぜん違う。福岡のは、なが〜いナスと、普通の形だけどでかいナスが主流だった。(丸ごと使うにはでかすぎて、鍋に入りきらなくて苦労した。)今日スーパーで見たのは、全体的にとても小ぶり。あと、泉州名物の水ナスも見かけた。蒸しナスにかけたタレは、バルサミコ酢としょうゆと白練りごまを混ぜたもの。このタレもおいしかったけど、和風のシンプルなダシをかけても良さそう。

4/22 MON

今日も寒いけど、昨日ほどではない。前に母からもらった、手乗りサイズのまるっこい五月人形を飾る。五月人形といっても、三段にわけて、こまごました小物や人形を飾るので、雛人形みたいな感じ。でも雛人形と違って、かぶとしかないとさみしいと思ったのか、主役を桃太郎にしてあって、サルとキジとイヌ(猫にしか見えない)とかがいたり、天狗とか謎の顔だけのやつ(千と千尋に出てくるみたいな)がいたり、と、これ関係あるん?みたいなキャラが多い。でもまあ可愛らしいし、息子も一つ一つ紙の包みから出しながら、並べて喜んでいた。ただ、並べて遊んでるうちはいいけど、うまく並べられないとかんしゃくを起こしてそこら中に放り投げるので、要注意である。そういう意味においては、キッチンの引き出しも、食器棚も、ドアも、洗面所のシンクの下も、ベランダも、玄関もすべて要注意だらけなのだが。ベランダサイズの鯉のぼりは、夜、アキが組み立ててくれた。
近くの公園を自転車でぐるっと回ってみたが、想像以上に広い。大濠公園もすばらしかったけど、この公園も負けないくらい良い。セントラルパークとかハイドパーク的な、かなり計画的に整備された構造をしていて、生えている木々も大きくて立派。子ども向けの遊具があるスペースもしっかりあって、息子は今日そこで2時間くらいずっと遊んでいた。毎日来れる距離に、こんなにもちゃんとした公園があるのは、ほんとにラッキーだ。
夜は、鶏肉を一口大に切って、塩こしょうして、ジップロックの中でマヨネーズとマスタードに浸けて、パン粉をまぶしてオーブンで焼いたもの。サラダにかけるドレッシングは、柚子胡椒を入れて手作りした。うちにはオーブンレンジしかないけれど、(日本のマンションで備え付けでオーブンがついているところはなかなかないよねえ)実はオーブン料理って、焼く時間さえ計算しておけば、下ごしらえも後片付け(クッキングシートを捨てるだけ)も簡単なので、もっと活用していこう。

4/21 SUN

「寒の戻り」らしく、すごく寒い。午前中は曇っていたので、よけいに。午後は晴れた。
買う必要があるものがあり、家族でアウトレットモールへ。自分のものも少しだけ買った。買い物が嫌いなわけではないけれど、よく晴れた日曜日にああいうところにいると、なんだか不毛な気持ちになる。人のあまりいない、緑の多い場所へ行きたくなる。もともとわたしはそういう育ち方をしたわけではないので、これはきっと、3年間の九州暮らしで手に入れた感覚だと思う。「手に入れた」と書いたけど、実際には「ようやく思い出した」といった方がしっくりくる。人が本来持っている感覚なのだろう。都会は嫌いではないけど、今日のように、人々の欲望が飛び交う人ごみの中に入ると、自分で自分に軽く麻酔をかけて、感覚をぼんやりと麻痺させているのがわかる。
まあでも、一言で「都会」といっても、エリアによって雰囲気はまったく違うし、もっといえば店一つとっても全然違う。色々な人がいる分、その中でも自分と波長が合う人たちが集っていれば、すごく心地いい空間になるし、逆もしかり。たくさんの人がそれぞれに音楽を奏でていて、多くの人が集まれば集まるほど音は大きくなり、その分(自分と)合わないときの喧噪感はひどく、ぴたっと合ったときの調和はすばらしい。その喧噪に疲れると、誰か(もしくは自分)が一人でピアノを奏でていたり、何も音のしないところへ行きたくなるのだろう。ただ、九州で色んなところに行って思ったのは、静寂にもさまざまな種類があるということだった。色味や彩度が全然違って、「田舎だからどこでもいい」というわけではないのだな、ということも知った。ちなみに、福岡市内は、じゅうぶん都会でしたが。大阪の人はなぜか「福岡」をすごく田舎と思っている人が多いけど、首都から見れば、どちらも同じ地方都市。でもこの感覚は、大阪を出るまではわからなかったな。
夕方、息子の希望で、またしてもアキと二人してお風呂屋さんに行った。今日はフルーツ牛乳を飲んだらしい。

4/20 SAT

息子を母にあずけて、英会話の仕事へ。先週は地震のせいで遅刻したので、今週は早めに行こうと思って家を出る。が!駅に着いてから財布を忘れたことに気がつく。SUICA(去年から福岡でも、今年から大阪でも使えるようになった)の入ったカードケースも忘れたので、どうしようもない。「まだあと15分くらいは余裕があるな…でもさすがに行って戻ってたら間に合わん。お母さんに自転車で持って来てもらおうか。でもシンくん(息子)どうしよう。あ、寝てるヒロ(弟)起こして、ヒロにシンくん見ててもらえばいいか。それでも今からヒロ起こしたりしてたらお母さんが来るまでに10分はかかるよな…」という流れを30秒くらい考えたあと、「誰か駅の近くに知り合いおらんっけ。あ、じゅりの実家がある!」というところまで思いつく。彼女の実家は、駅直結のマンションなのだ。「よし、申し訳ないけど、じゅりのおばちゃんに千円借りよう。それで、あとですぐ返しに行こう」と決め、でもさすがに彼女の実家にいきなり電話するのは憚られたので、じゅりに電話して間接的に頼むことにする。「頼むで〜起きててや〜!」と祈りながら。何コールかめで寝ぼけた声の彼女が出た。よかった!ととりあえず安堵。「じゅりっ!わたし今大ピンチやねん!助けて!」と、おはようのあいさつもすっとばしてわめく。そしてことの顛末を説明すると。「あ〜、あたし今実家おるで。昨日帰ってきた」とのこと。なにーーーーでかしたーーーよくやった!!と心の中でめずらしく彼女をほめたたえながら、「今すぐ千円持っておりてきて!!すぐやで、すぐ!時間ないねん!」とまくしたてる。マンションの下で待つこと2分、「一応二千円持ってきた〜」と言って、じゅりがおりてきてくれたときは、完全に寝起きですっぴんにめがねの彼女が女神に見えました。あ、女神じゃなくて「ザ めしや」(詳しくは二日前の日記参照)か。「あんた大丈夫なん、仕事間に合うん」と心配してくれるメシヤを「今すぐ行けば大丈夫!」と振り切って、改札へ向かう。おかげで、仕事の15分前には学校に着くことができた。いやあ、本当に今日は助かった。今度ミスドの飲茶(小学校のときからのじゅりの好物)でもおごらないとね。
仕事を終えて帰ってくるころ、雨が降り出した。市民楽団の練習で、チェロを持って市民会館に行かなくてはいけない母を、車で送り、実家でお風呂も入ってごはんも食べてから、息子を乗せて、我が家へ帰った。一時間くらいアキと近況報告(先週はまともに会ってなかったので)などしたあと、彼は八幡の家に、二次会の打ち合わせに行った。

4/19 FRI

変な夢を見て起きた。夢の中でわたしは高校に通っていて、夏休み中なのだけど、秋の学園祭の準備のために学校にきている。でも、わたしのクラスはあまり盛り上がってなくて、他のクラスの子たちが一生懸命劇の練習をしたり、垂れ幕を描いたりしてるのを尻目に、やることが見つからず、手持ち無沙汰に廊下をうろうろしている。夏の暑さの中で制服が肌に張りつく感じ、廊下のひんやりした空気などが、妙にリアルだった。
午後、車で実家へ。車の中で考えごとをするのって最適なように思えるけど、あまりに考えごとの方に集中してしまうと、運転がおろそかになるので、けっこう浅いところを広くただよっている。そういう意味では、電車とかバスとか、他人任せの乗り物の方がいい。すいていて、ローカル線で、車窓から緑が見えればベスト。
息子はどっかにぶつけたり、転んだりすると、「いかかった~(痛かった)」と言うのだが、そうなる以前に、あきらかに危ないことをしていて、「危ないで、危ないで」と忠告していることがままある。本当に危ないときは引き離すけど、そうでもないときは、なんとなく見守る程度なので、結果「あ~やっぱりね」となる。そしたら、今日息子は、「いかかった~」のあとに「ほらね!(得意げ)」と言っていた。わたしの真似である。
夜、母が作ってくれた新たまねぎをまるごとスープで煮込んで、チーズをかけてオーブンで焼いた料理がおいしかった。母はたまねぎ好きなので、ごはんの中のたまねぎ登場率が異様に高い。

4/18 THU

新しい街として大阪に住み始めたつもりだし、実際に南大阪のことはまったく知らないのだが、やはり馴染む速度がいつもより早い気がする。路線図を知らなくても、土地勘がなくても、ここに住む人々の「言葉」をわたしは話すし、その会話の呼吸をからだで知っているのだから、当然といえば当然なのだが。しかし知っている分、その攻略法がわかってしまうので、まっさらな気持ちで素直にとけこんでゆくのが難しい。小賢しさを捨てて、おおらかな気持ちで街を歩こう。
よく、「大阪に行くと、老若男女が漫才をしてるようだ」と言われるが、それは事実である。今日のスーパーの前でのばあさんたちの会話。
ばあさんA:「人間、80まで生きれたらもうええよな」
ばあさんB:「わたしもう過ぎてもたで」
ばあさんA:「ほんまか。ほんならあんたが逝ったら後追って天国行くわ」
ばあさんB:「あほか、やめとき。追いかけてきても天国おらんかもしれんで」
ばあさんA:「そらそやな。ははははは」
平日の朝、11時頃の会話である。
2泊3日の研修からアキが帰る日。メールで「ごはん何かリクエストある?」ときいてみたら、「特にないけど、野菜が食べたい」という。野菜はいつも多めに入れるので、予定通りのごはんにした。しょうがやきと新たま炒めにサラダ菜を添えて。お味噌汁にはキャベツとにんじん、あとは定番のごぼうとわかめとツナのサラダ、それとゆず風味のたまご豆腐。これだけで十分なのに、なぜかアキが王将の餃子を買ってきた。
昨日の話。駅の近くに「ザ めしや」があるのだが(今HP見てみたら、東海・近畿・中国地方にしかないようだ。ここのロゴは四文字が正方形の中に並んでいる。知らない人は画像検索をどうぞ)、そのロゴを見ながらわたしが「小さい頃、あれ『メザシ屋』やと思ってた」と言うと、じゅりは、「あたしは『メシア』と思ってたわ」と言う。
私:「メシア?救世主って意味の?」
じ:「うん」
私:「小さい頃にようそんな意味知ってたな」
じ:「え、そんな昔ちゃうで」
私:「……じゃあいつ?」
じ:「中学とか高校」
私:「……」

4/17 WED

じゅりが「通り抜けの桜を見に行こう」という。造幣局の中の八重桜を期間限定で一般公開するという、関西に住んでいる人にはおなじみの春の風物詩である。人が多くて一方通行でしか動けないため「通り抜け」というそうな。人ごみは苦手だなあと思いつつ、今までニュースでしか見たことなかったので、行ってみることにする。電車を乗り継いで、ベビーカーのためにエレベーターを探しつつ、「おあち(おやつ)」をくれという息子をなだめつつ(結局ローソンでミニロールケーキ買った)、桜宮駅へ到着。駅前の川沿いの緑や並木道はきれいなのに、広場になると、禁止されてるはずのBBQの残骸とか、タバコの吸い殻とかがめちゃくちゃに散乱していたり、大学生が(このご時世に)立ちションしていたりして、大阪のマナーの悪さに暗澹とした気持ちになる。自分さえよければええんかい!と言いたくなる。息子はそんな汚い広場でもかまわず走り回り、わたしやじゅりの方を見ながら「キャハハハハ」と走っていたら街灯のポールに激突して転び、大泣き。走って間に合う距離にいなかったので、わたしはあせりつつ「あぶない!あぶない!前、前見て!」と言ったのだが、通じず。しかしコントのような見事な激突ぶりだった。息子の走りはまだスピードが出ないので、たいしたケガにはならずにすんだ。広場には鳩もいて、それを見たじゅりが、「シンくん!ハトおるで!鳥インフルエンザ!」と声をかけていた…。あと、じゅり自身も段差でつまづいたあと、小さな声で「段差 イン ザ ダーク」とつぶやき、屋台のコンペイ糖売りののれんを見て、「ウトイペンコ!」と2回くらい言ってた。
通り抜けは桜宮駅から15分くらい歩いたところにあった。人がたくさんいたけど、みなが桜を見上げているのはやっぱり良い光景だな、と思った。しかし肝心なところで息子は寝てしまい、造幣局をすぎた頃、目をさましていた。彼は本当にただ通り抜けただけであった。通り抜けの途中に、俳句や川柳を投句できる場所があり、じゅりと二人で書いた。あせって書いたので全然いいのが浮かばず、ありふれたものになってしまった。「花と葉の 隙にこぼるる 空の粒」。その後歩いていたら、去年の優秀作がぶら下げてあり、その中に、わたしが書いたのとよく似た発想のものがあった。「満開の 花の余白に 空の青」だったかな。発想は似てるけど、使ってる言葉の中で同じものは、「花」と「空」しかない。
夜、23時〜2時半まで、佐賀に戻っている千絵ちゃんと話す。絵本の話から始まり、制作の話を延々と。わたしのとんちんかんなグルグルを毎回(それと知らずに)軌道修正してくれる、ありがたい友人の一人だ。

4/16 TUE

自転車で走り回った一日。市役所に行ったり、図書館に行ったり。図書館の場所を確認して、貸し出しカードを作るっていうのも、わたしにとっては基本インフラ整備の一つかもしれない。図書館は公園の中にある。その公園自体初めて訪れたのだが、すごく広そうだった。散策のしがいがあるだろう。市役所のホールには仕掛け時計があって、きりのいい時間になると、それがひらいて、中から動物たちがあらわれる。ちょうど用事をすませて、ホールへおりると11時ぴったり。音楽に合わせて楽器を奏でる動物たちに、息子は釘付け。去り際に彼らがぺこりとお辞儀すると、息子も律儀にぺこりと返していた。そして扉がしまると「もっか!(もう一回)」とアンコール。もちろん出てこないけどね…。息子は「いや」という言葉は(さいわい)まだ覚えていないのだが、代わりに「いらん」を覚えてしまった。「いやいや期」ならぬ「いらんいらん期」になってしまうのだろうか…。「かえろか」「いこか」「食べよか」など「〜〜か」の提案形で要求してくることも多いのだが、なんとなく憎めないのが、方言の良さ。
夕方、30分ほどじゅりんちへ寄る。ブログを始めたいのだがやり方がよくわからないので教えてくれとの要請だった。教えると、すぐ理解していた。昔から頭の回転は早い人です。
千絵ちゃんから絵本のイラストが届く。自分の描いた物語が、自分の好きな(画家やイラストレーターの)絵になってあらわれるのって、なんて素敵なんだろう。
夜、久しぶりにゆうすけと電話。後ろで電車の音がしてた。そういえば、先月、小田急線の代々木上原〜梅が丘までの地下化が終わったって、ニュースで読んだ。
アイディアを考えるとき、考えるべき道筋からいつのまにかずれ、ずれたまんま考えてうなっていることがよくある。自分でそれに気がついてぱっと軌道修正できる人は、それまで見てきた世界の幅が広い人のだと思う。そういう意味では、わたしの幅は本当にせまくて嫌になる。だからいつも友達や家族に助けられるけど、どうにか自分の幅ももう少し広げたいものだ。

4/15 MON

息子の熱は今朝まであったので、小児科へ連れていこうかと思うも、午前中には下がる。でもやはりしんどいのか、すごく怒りっぽいし、泣き虫だし、昨日に引き続いて不安定で、ひたすら「ママ」を連呼している。天気もいいし、息子を家の中にとじこめておくとお互いストレスがたまりそうだったので、こまごました用事をすませに外に出る。とてもあたたかかった。とうとう自転車の子ども乗せ(後ろ)とヘルメットをゲットしたので、ずいぶん移動が早くなる。用事のあいまに、小さな公園で、コンビニで買ったドーナツを二人で分けて食べた。何駅か離れたところに「フロレスタ」もあるようなので、また行ってみよう。
迷ったときは、難しい方のチョイスをした方が良い、と色んなところで耳にするけれど、最近わたしの中でぐるぐるしていた問題は、いったいどちらのチョイスの方が難しいのか、という判断がつきかねる。こういう面から見たらこっちの方が、ああいう面から見たらこっちの方が、などと考えてしまって。でもそういう、座標軸の違うことがらを同時にぱぱっとくらべられる(空間把握能力のある賢い人)は、瞬時に総合的に判断できるんだろうなあ。
先月しのちゃんと会ったとき、ポストの話になった。彼女はポストに敏感で、見つけるとだいたい覚えていて、しかも、家のまわりのポストの集荷時間まで把握しており、「この時間だったらあっちのポストに出した方がいい」という動き方までしている。たしかにポストが載ってる地図って見たことないので、「ポストがどこにある」っていうのはとてもローカルな情報だね、という話もしたのだが、ためしに検索してみたら、なんと、個人でポストマップを作っている人がいた。(「ポスト」を検索したら、一番上に出てくる)個人といっても、すでに一つの大きなプロジェクトになっており、全国の人々がマッピングしてゆく仕組み。現在 163,022 ポスト (全国185,409ポストの87.926 %) らしい。すごい。

4/14 SUN

ここ数日冬のような寒さがつづいていたけれど、今日はかなりあたたかくなって、ほっとする。息子はまた咳をしていたので、先週行ったのとは違う小児科へ。文字通り、道行く人(ベビーカー押してるママさん)にきいて、教えてもらったところ。やっぱり、地元の人の情報は確か。福岡でのかかりつけに負けないくらい、良い病院だった。近くに大きなイオンがあるので、息子の靴も買った。半年でサイズアウトしてしまう。夏は新陳代謝が良いので、3ヶ月くらいで次のサイズに移ることもあるそうだ。もったいない~と思うけど、靴は足の成長に密接に関わってくるらしいので、きちんとしたものを選びたい。午後は、家族三人で、近くにある大きな公園に行こうか、と言っていたところ、息子が突然発熱。40℃近い。福岡で、誰だったかなあ、知り合いのママさんかプラザのスタッフさんに「うちの子は、引っ越すたびに熱を出してたわ」と言われたのだが、たぶん今回の発熱はそれに近いものだろう。この3週間の中で、住み慣れた家が変わり、気に入っていた公園やプラザにも行けず、祖父母の家と自分の家の行き来もやたらに頻繁だし、おまけにこの一週間はわたしの仕事の関係で母やアキに預けられることがつづいた。大人だったら「次何が起こる」っていう予定を知っているから、なんとなく心構えができるけど、息子にとっては突然ジェットコースターに乗せられたような日々だっただろう。これで熱を出さない方が不思議だ。ずいぶん負担をかけてしまい、申し訳なく思う。しんどいのと、不安定なのとで、わたしの姿が見えなくなった瞬間「ママ!」と言う。どころか、わたしが目の前にいても、「ママ!」と何度も呼ぶ。彼にとって母親はわたししかいないのだ、という当たり前の事実を、今日またあらためて感じた。

4/13 SAT

明け方、大きな揺れ。アキもわたしも目をさまし、「ゆれてる…」「かなりゆれてるな…」と言い合う。我が家周辺の震度は、3~4あったようだ。その地震の影響で、電車のダイヤが相当乱れる。今日は、今年度の英会話の初めての授業だったのだけど、まず、待てども待てども踏切があかない。15分経ってようやくひらく。しかし今度はホームにて、待てども待てども電車が来ない。かなり早めに出たけど、このままだとさすがにまずい。アキに電話したら、車で送ってくれるという。しかし電車が動いていないので、高速道路も案の定渋滞。スクールや本社に電話を入れると「朝からそういう電話が鳴りっぱなしです。今日は仕方ないですね。どうにかしますので、慌てず来て下さい」とのこと。結局30分遅れで到着。初日から大変だった。しかし歴史ある大手スクールの安定感に助けられた。システムが構築されているというのは、良い面もある。そもそもシステムというのは、経験の積み重ねであって、「後に来る人たちが自分たちの経験を生かしてよりよく生きられるように」というところから始まったのではないだろうか?(理想で言えば、政治もそのはず)しかし、ある程度まで積み重なり、最初の理念を知らなかったり忘れたりした人たちが、「自分さえよければOK」と言ってそれを利用し始めるとおかしなことになる。
先週いっぱい実家にいたので、荷解き後、実質6日間しかまだこの家で過ごしていない。「あれどこだっけ」「これどこだっけ」と探しまわることがしばしば。夜は、ミートソースのスパゲッティにした。

4/12 FRI

朝、近くのお寺に息子と鳩を見に行く。パンをあげるというので、息子の手にパンくずを握らせて、わたしはダッシュで逃げる、という繰り返し。「ママ鳩嫌やねん」と言ってたら、「ママ はと いや」というセリフを息子が覚えてしまった。事実だからまあいいが。
最近彼は「きのう」という言葉を正しい意味で使えるようになった。「あした」はまだ使えない。英会話を教えるときでも、未来形より過去形の方から導入するけれど、人間の認識では、未来より過去の方がわかりやすいのだな、とあらためて確認。未来は不確かだから、意識が行きにくい。過去には放っておいても意識が行く。だから過去にとらわれずに未来に向かって行くには、本当に強い意志が必要なのだ。
今日は、この春最後の研修。研修というか、ミーティング。ここの英会話スクールには、関東で採用され、福岡、そして関西と移ってきたわけだけど、どの地域でも、スタッフがみんな良い人たち。それからみんな「教育」について、真剣に考えている。企業なので、利益を出す必要がもちろんあるわけだけど、会社の利益とお客様の利益がきちんと結びついている。公教育はサービス業ではないので、民間のやり方をそのまま真似することはできないと思うけど、それでも学ぶところがたくさんあると思う。先生たちに競争原理がある程度働くことは、決して不幸なことではないはずだ。今日、ミーティングで、昨年度の担当生徒さんの継続率が高かった先生たちが表彰されていたけど、それを妬んでる人なんて見当たらなかったし、むしろ「すばらしいな。私も頑張ろう」という空気にみちていた。別にノルマがあるわけではないし、数字を意識しろと言われることもほとんどないのだが、すばらしい授業や人柄の結果が、継続率につながったのだとみんなわかっているからだ。
帰ってきて、息子を寝る支度を全部して、母が作ってくれた海鮮丼を食べたあと、五日ぶりに我が家へ帰った。新しいマンションには床暖房があって、それをつけるだけで、ヒーターやエアコンなんて入れる必要がないくらいあったかい。

4/11 THU

朝から、幼なじみのみさきの家へ。昨夜急に決まった。車で向かう。簡単な道なのに途中で間違えて、ちょっとあせる。でも無事着いた。二人目の女の子は昨日四ヶ月になったばかり。よく笑って、可愛い。ソウちゃん(上の男の子)は保育園に行ってたので、そのおもちゃをうちの息子は遠慮がちに使っていた。その様子を見て、「ソウちゃんやったら遠慮のエの字もないで!」とみさきは言う。生まれ持った性格って、絶対ある。その積極的な性格といい、4月生まれなことといい、9ヶ月で歩いたという抜群の運動神経といい、両親が元バレリーナとボクサーという境遇といい、アスリートになるべくしてうまれてきたような感じだ。とか言ってて、将来は学者になるかもしれない。そう考えると、子どもは本当に可能性の宝庫だ。親ができることは、その可能性をいかに損なわずに育てられるか、ということ。こうやって書くのは簡単ですけれども。
お土産に持ってった桜餅や草餅と、みさきが淹れてくれた紅茶をいただきながら、色々話す。彼女のその前向きな行動力とパワーには、いつも圧倒される。なにがすごいって、彼女自身は自分がやってることを、何も特別なことだと認識していないことだ。普通のママだったら、倒れるような場面でも、あっけらかんと笑っている。体育会系っていう言葉は嫌いだけど、若い頃に本気でスポーツに取り組んだことのある人の強さは、尊敬に値する。「倒れるなら前へ」などと言いつつ、なっかなか倒れやしない人たちだ。

4/10 WED

英会話の研修。この前は夜だったけど、今日は昼。研修後、天満橋の大川を眺めながら、そういえば去年の春にBirgitteが大阪にいたとき、このあたりを気に入っていたな、と思い出した。「サウスバンク(ロンドンのテムズ川の南岸)と雰囲気が少し似てる」と言っていたっけ。ある日の彼女は、パン屋でパンを、コンビニでおでんを買って、川辺でお昼に食べたらしく、おでんってけっこう何にでも合うのかも、と思った。もちろんおでんのことは知らなくて、「コンビニのレジのそばにあるスープに浸かってる食べ物。なんかおいしそうだから買ってみた」らしいが。
今日の研修では、講師同士の自己紹介で「自慢の生徒さんを一人選んで紹介する」という課題があり、みなが次々に挙げてゆくすばらしい生徒さんの話をきいて、感動した。90歳で杖をつきながら来られ、なおかつクラスのみなのことを気遣われるおじいさん、3人の息子を育てながら製薬会社につとめつつ、TOEICや会話や文法などたくさんのクラスを取って頑張っておられる女性、多動症で最初は線の上にアルファベットを書くこともできなかったけど、一年の終わりにはA〜Zまできれいに書けるようになった子、などなど。わたしもがんばろう。
桜の花は半分以上散った。この前それを見たアキが、「花が散り始めると、ガクが見える分ピンクが満開のときより濃く見えて、若葉とのコントラストがきれい」というようなことを言っていて、わたしはそういう見方をしたことがなかったので、ほおお…と思った。彼は、色盲ではないけど、赤と緑のグラデーションが普通よりあいまいらしい。だからきっと、わたしや他のみなが見てる桜とはちがうものが見えているのだろう。少し、うらやましい気もする。
父が、村上春樹の京大の公開インタビューのチケットを申し込んでいたので、わたしも申し込んでみた。すごい倍率だろうから、当たる可能性は低そうだけど。

4/9 TUE

晴れて、暑くも寒くもない、一年の中でもめずらしいくらい過ごしやすい日。
息子と近所を散歩。公園に行ったら、小学生の女の子と男の子が土を掘り返して、水を流し、小さな川や池を作っていた。息子が近づいて行くと、「いいよ、さわっても」と言って、参加を許可してくれる。泥水に手をつけた彼は、指先についたとろとろの泥をじっと見つめていた。それに気がついた女の子の一人が別の女の子の一人に「このカップに水くんで」と指示して、息子の指先を洗い流してくれる。その子たちはわたしが昔通っていた小学校の児童たちだったので、わたしも行ってたことを伝えてみた。20年前の話だから「でも昔々ね」と言うと、「そりゃ今やったらびっくりやわ」と。さすが、返しが鋭い…。その後、お寺へ移動。息子は水飲み場の柱を見つけると、両手でぎゅうぎゅう押しながら「クサッテル!」と言った。最初なんのことかわからなかったけど、途中で「はっ、トトロだ!」と気がついた。引っ越してきた日の、さつきを真似しているのだ。そのフレーズを気に入った彼は、うちに帰ってからも、家中の柱を押しては「クサッテル!」と連呼していた。そんな全部腐ってたら、この家も長くないですね。
今夜は父も弟も外食だったので、わたしと母(と息子)で夕食。ホタルイカと新タマネギを一緒に食べたらおいしかった。

4/8 MON

昨夜は体調がすぐれないらしい息子が夜何度も起きて、あんまり眠れなかった。朝一で病院へ。といっても、新しい土地、かかりつけの病院がまだないので、なんとなく目星をつけていた近所のところにいってみる。先生は穏やかな方で悪くはなかったけど、なんとなくしっくりこない。福岡で通っていた小児科が良すぎたので、どうしてもそことくらべてしまう。しばらく小児科ジプシーかなあ。小児科だけじゃなくて、あらゆる病院を一から探さなくてはいけないのが大変。ここは一つ、大阪人のフレンドリーさを利用して、道行く人におすすめの医院をきいてみるのがいいかもしれない。
夜、英会話の仕事の研修があるので、息子を母にあずけるために車で実家に向かう。渋滞していたので一時間半くらいかかった。息子を早めにお風呂に入れてから出発。天満橋でおりたのだが、川沿いの桜は、あの嵐に耐えて、まだどうにか淡いピンクを保っていた。この川沿いの眺めは、どの季節も好きだけれど、この季節はまた格別。研修の講師は、去年もお世話になったCさん。ハキハキとした明るい女性。この人の前でデモをしなくてはいけないので、正直、授業より緊張する。でも、失敗しても、必ずいいところを見つけてまずそこをほめてくださるので、「さすが講師のプロだなあ」と毎回思う。生徒さんの気持ちがわかる良い機会だ。大人だって、ほめられたらうれしいに決まってる。一緒に研修を受けていたLさん(今年初めて大人の授業を受け持つ)が「あ〜緊張する!帰りたい!」と仰ったのをCさんは逃さずきいていて、「Lさん!いつも言ってるでしょ、ネガティブな言葉は言わないって!言霊は生きるんですよ」とさらっと声をかけていたのが印象的だった。研修の休憩中、講師のみなさんと世間話をする。初対面の方ばかりだったけど、これもまたさすが「会話」の先生たちだけあって、知らない人と話をつなげるのがとても上手。「英会話」を学びたいならば、「英語」のスキルもだけど、「会話」のスキルも重要。日本語の会話の型と英語の会話の型は全然違う。楽しい研修だった。帰り道、川沿いの桜の木の下には、オレンジ色の屋台がいくつか出ていて、その周辺にはお花見をする人たちの輪があった。キャンプファイヤーみたいに何かのライトを囲んで飲み食いする人たちと、桜と、屋台との光の感じが幻想的で、携帯で写真を二枚撮ってしまった。
実家に近づくと、わたしの帰りを待ちわびていた息子(と母)がベランダで手をふっているのが見えた。昼はいいとして、夜預けるのは、まだちょっと無理があるかなあと思った。日が落ちて暗くなると母親が恋しくなるのって、生き物として、とても自然な感情なのだろう。

4/7 SUN

昨夜からの嵐の続き。寒い!アキも息子もごんごん咳をしている。わたしだけ元気。昨日とよみさんが下さったお手製のシフォンケーキとりんごケーキを朝ごはん代わりに。瀬戸内のみかんやレモンもたくさんいただいたし、うちの親からも、昆布巻きとかいわしの土佐煮とか色々もらった。実家の近くに住む利点の一つ!
荷解きのつづき。もしかしたら10月にまた別の土地に引っ越す可能性もあるので、とりあえず半年間は中腰体勢でスタンバイしようということに。リビング寝室その他をざっくり整える。優先順位をぱぱぱっとつけて、細かいことはとりあえず脇に置き、とりあえず大まかに全体を終わらせる。これはたぶん、仕事ができる人のやり方だろう。アキはめっちゃ得意だけど、わたしは全然だめである。まずどこから手をつけていいのかよくわからないので、手当たりしだい箱をあけるし、ひとつの箱をあけたら、こまごましたところが気になったり、全然関係のない問題に頭が飛んで行ってしまって、箱の前でぼーっとしていたりする。なので、アキがてきぱきと片付けてゆくのを、かなり無能な助手として手伝った。キッチンだけはわたしの王国なので、アキがさわることなく、一人でやりとげた。しかし全体的に、搬入より搬出の方が楽しいな。
そういえばこの前じゅりと料理をしたとき、うちの包丁があまりよく研がれていなかったので、「ごめん、切りにくいやろ?」と言ったら、「うちのよりよく切れるで。あたし初心者用の切れにくいやつ使ってるねん」と返ってきた。切れる包丁より切れない包丁の方がけがをしやすいだろうと思って「危なくない?」と言うと、彼女いわく「よく切れる包丁ってなんかこわいねん。すぱっていきそうで」。つまり、あえて切れない包丁を使っていらっしゃるわけですね。
夜は、荷解き作業で疲れたので、ごはんを作る気力がなくなり、レトルトのカレーとサラダとお味噌汁と納豆という簡単なものにした。

4/6 SAT

朝から雨。まだまだ絶賛散らかり中の我が家にて朝ご飯を食べたあと、わたしの実家へ。母がお好み焼きを焼いてくれた。弟もいて、父はゴルフをハーフで終えて帰ってきた。午後は嵐。風がびゅうびゅう吹き渡る。花散らしの雨。わたしが英会話の仕事の研修の準備をしている間、アキと息子はスーパー銭湯へ。息子は、あいかわらず「オッキロ(大きいお風呂)」が好きだけど、オッキロで飲ませてもらう紙パックの「アップルジュース」も同じくらい好きなようだ。といっても少ししか飲まないので、「スーパーで小さいパックの買って持ってったら?」とアキに提案したら、「ちゃうねん、お風呂から上がって、自動販売機のところに走って行って買ってもらうっていうプロセスが大事やねん」とのこと。なるほど、そう言われてみると、わかる気がする。わたしも佐賀の古湯で、一度瓶入りのコーヒー牛乳を買って飲んだけど、あれが自分が家から持ってきたものだとしたら、テンションはだいぶ下がるだろう。父のゴルフの景品のカニ(の半分)を持って、とよみさん宅へ。昨夜作ったツワブキのきんぴらも持参した。アキの兄弟ご家族も来て、にぎやかな夕べ。お兄さんの息子さんは、もう中学三年生。見るたびにどんどん変わってゆく。お正月に会ったときよりも、また背が伸びたような。弟さんのところの男の子(5)と女の子(2)は、うちの息子と年が近いので、一緒に遊べる。アキのお兄さんは、自分のお子さんがもう大きくなってしまったので、ちびたちを相手に色々遊んでくださる。今日は、糸電話を作ってくれた。大人の我々も、懐かしがって「わー、きこえるきこえる!」とはしゃいでしまった。こんなふうに親戚ががやがや集まっている雰囲気、子どもの頃はすごく楽しかった記憶がある。こうして気軽に両家を訪れることができるのは、大阪に住んでいるからこそ。今のところ、それがこの街に住む一番の価値。夜、土砂降りの中、うちへ帰った。
昼、実家で見たNHKの「菜の花忌」のシンポジウムを見て、司馬遼太郎記念館に行きたくなる。せっかく大阪にいるんだし、近いうちに行こう。文学忌には花以外にも色々あるし、そもそもわたしは忌を作ってもらえるような文豪などではないけれど、もし自分で選べるとしたら、「ひまわり忌」がいいなあと思ってしまった。あ、しかし「りねん」も植物と言えば植物か…。

4/5 FRI

雲ひとつない晴れ。日射しが強く、歩いていると暑い。しかしベビーカーを押して歩く歩く。歩くことで、町がわかる。東京、福岡のときも、すぐ近くに「八幡神社」があったのだが、今回もそう。いってみると、参道があり、階段をのぼった先には、ものすごく立派なクスノキがあった。樹齢800年以上らしい。もしかしたら、息子が一人でこのへんで遊んでたらトトロに出会えるかも?って思うくらい。
道行く人や、スーパーのおばちゃんにわからないことを尋ねると、めっちゃフレンドリーに返ってくる確率が高い。1きいたら10返ってくる、みたいな場合もある。たとえば、今日スーパーでさんまのひらきを買おうと思って、「これってけっこう味ついてますか?」ときいた。すると、「そやねえ、ほら塩水につけて干すんやから、ある程度の辛さはあると思うで。心配やったら焼いたあとにちょっと塩かしょうゆかけたらええねん。焼いたあとな、前ちゃうで、前にかけたら、辛すぎたら大変やろ。せやな、でも塩よりしょうゆの方がええで、たぶん。味見してみたからかけたらええねん」くらいの内容がさらっと返ってきて、去り際にまで「塩かけすぎなや!塩っからすぎるとのど乾くで~~!!」と遠くから声をかけてきた。どんだけ世話焼きやねん。わたしはこの大阪人の感覚を肌で知っているからもちろん大丈夫なのだが、別の土地から来た人は、びっくりしたり、「合わない」と思ったりする人もいるだろうなあ、と思う。そういう人たちは、たぶん「距離が近すぎる」と感じるのではないだろうか。実際は、ちょっと違って、そうやって会話術を駆使して上手に人との距離を取るのが大阪のやり方なのだけれど。たくさん話す=親しい人、という概念がないので、知らない人にもたくさん話すのだと思う。
夜、台所にあらためて立ってみて、戸惑う。全体的にコンロや調理台が高くて、わたしの身長だと少し足りない。水道や食器棚など、位置も違うので動きがぎくしゃくするし、コンロの火加減もまったく違う。早く慣れて、てきぱき動けるようになりたい。

4/4 THU

良い天気!マンションが南向きなので朝から光がよく入り、すごくしあわせ。住む場所の陽当たりって、本当に大事。
近所を散策してまわる。歩いて5分くらいのところにスーパーやドラッグストアやコーナンや100均などの大型店舗がそろっており、日用品を揃えるのにはとても便利な環境。便利さと豊かさはイコールではないけれど、都市に住む以上、便利さを否定すればほとんど何も残らない。なのでありがたく享受する。家からだいぶ離れたところを散策していたら、青果店(八百屋より、果物をメインで売ってる)を見つけた。このあたりにはほとんどないので、めずらしい。福岡の西新はもちろんだけど、東京の世田谷も商店街がかなり充実していた。たぶん、大型店舗が入れるような土地がないので、必然的に個人商店が生き残れたのかも。小さい店は、ひとつでは全部そろわないから不便といえば不便だけど、売っている人たちの顔が見えるし、その店独自の色がある。これがなくなって、どの街も大型店やチェーンになってしまったら、どの街ものっぺらぼうのようになってしまう。便利さと豊かさが相反するとは思わないけど、豊かさを裏付けるのは、一人一人の顔が見えることではないだろうか。たとえば、チェーンのドラッグストアでも、馴染みの店員さんができて、毎日挨拶したり、世間話をするようになれば、その店は生活の豊かさの一部になる。
見つけた青果店は、歩くにはちょっと遠いから、自転車を使いたい。まだ自転車の子ども乗せを持ってないので早急にゲットするつもり。アキが通勤に車を使わなくなったので、わたしが毎日使えるわけだけど、小回りがきく自転車も、やっぱり必要。空気を感じながら走れるのもいいし。
午後、じゅりが合流して、息子と一緒に散歩に行き、うちでごはんを一緒に作って食べた。メニューはサラダと親子丼。サラダは、じゅりが持って来てくれたレタスとツナに、わたしが青果店で買ったトマトと空豆を足した。豆の青臭さがアクセントになる。ドレッシングを切らしていたので、利用したのは、アキが実家でよく食べていたというポン酢とマヨネーズの即席ドレッシング(混ぜる必要もなくて、ただ両方をかけるだけ)。これは意外とどんなサラダにも合う。よく考えればお酢や油などドレッシングの基本的な要素が全部入っているのだから、おいしいのは当然か。親子丼の鶏肉は、塩麹で味付けしてみた。やさしい味。

4/3 WED

平日にもかかわらず、アキの仕事がたまたま休みだったので、これさいわいと、車にスーツケースなどを積み込み、我が家へ向かう。段ボールだらけ、カーテンもまだだけど、基本的なインフラは昨日整ったので、荷解きさえすればいつでも住める状態だ。わたしはキッチン、アキはその他の段ボールを開封してゆく。息子は、最初から「あたあしーおうち しゅき(新しいお家 好き)」と言っていたが、見知った家具やおもちゃが目の前にどんどんあらわれるので、ますますテンションが上がっていた。アンパンマンになぞってか、「シンクンマン!トーチャンマン!マーマーマン!」という呼び名を勝手に開発して、繰り返し大声で叫んでいた。マママンか…と聞き流しつつ、どんどんあける。収納は前の家よりあるので、楽だ。これが逆だとつらい。食器棚シートを買うのを忘れたり、スペースをうまく利用するための小物をゲットする必要があったりで、ぜんぜん完璧な状態ではないけれど、とりあえずキッチン関係は、段ボールからは出した。これから少しずつ手を入れていこう。
夜、アキは友人の結婚式の二次会の打ち合わせに行ったこともあり、近くのスーパーでお弁当を買って息子と食べた。

4/2 TUE

ネット回線の工事、ガス開通、エアコン取り付け工事などがあるので、新しい家に行く。我が家に「行く」って変な表現だけど、まだそこに住み始めていないので、「帰る」という表現がしっくりこない。そういえば、アメリカやイギリスに住んでいた頃は、米英と日本、どちらに行くときも「帰る」を使っていた。「お正月日本に帰る」「お正月終わったし、もうそろそろロンドンに帰る」というふうに。今この段階では、わたしにとって福岡はまだ「帰る」場所である。英語で言えば、まだ心が「belong to」している場所なのだ。3年前まで住んでいた東京も、7年前まで住んでいたロンドンももはや「帰る場所」ではなく「行く」場所に変化した。でも、もし実際に訪れて、そこに降り立てば、今まで住んだどの街も「あ〜、帰ってきたなあ」と思うに違いない。世界中にそういう場所が増えてくのは、素敵なことだ。もし宇宙時代が来れば、青い地球を見ただけで「あ〜、帰ってきたなあ」と思うのかな。
今日は母が息子を見ていてくれたので、一人で電車に乗る。同じ大阪でも、実家は北大阪、我が家は南大阪なので、わりと乗車時間が長い。なので、最寄り駅の本屋で何か買ってから乗ることにした。光文社古典新訳の「カラマーゾフの兄弟」を買おうと思ったら、なんと1巻が売り切れだった。なぜ?と思ったら、今フジテレビでドラマをやってるらしい。トルストイの「アンナ・カレーニナ」も今映画で上映中か。両方、ずいぶん前に新潮文庫で読んだけど、新訳で、また読んでみたい。結局買ったのは、大好きな小説「夜間飛行」の新訳。読みやすいけど、新潮文庫の方は、表紙イラストを宮崎駿が描いているので、そっちも捨てられないな。

4/1 MON

午前中、息子と大学付属の病院へ。息子の顔の右側には生まれつき、太田母斑と呼ばれる青いあざがある。目のまわりやほっぺたや耳のうしろや白目など。白目の部分はかなり目立つけど、それ以外の部分はそこまで濃くないので、転んでけがをしたと思われることがよくある。彼が産まれるまで全然あざのことなんて気にしたことなかったけど、調べてみると、太田母斑以外にも、扁平母斑、異所性蒙古斑、いちご状血管腫など、色んな種類のものがあった。そして最近はレーザー技術の進歩で、消せるタイプのあざも出てきたようだ。太田母斑に関しては、肌の部分は治療可能、白目の部分は治療不可とされている。が、白目に関しても、つい最近治療を始めた病院があらわれ、治療法確立の方向に向かっているらしい。なので、それに関しては大人になった息子に判断を任せるとして、肌の部分はどうしようかとアキと相談した。子どもの方が皮膚がうすいので、レーザーは3回くらい当てればうすくなるそうだ。(大人になるともっと回数が必要。)息子を観察していると、わりと繊細なタイプだし、会う人ごとにけがをしたと思われるのも面倒だろうな、ということで、治療を開始することにしたのだった。今日は、その予約を取りに行った。一回目は、6月の予定。
夕方、ようやく荷物の搬入。大学病院って待ち時間が長いので、もしかしたら搬入の立ちあいに間に合わないかもしれない!と思ってじゅりに鍵を渡してあった。でも初診ではなかったので、あっさり終わり、2時ごろには最寄り駅に着いた。家に行っても何もないので、とりあえずじゅりの家へ。息子はテーブルのバナナを「ホシー!」と言ってもらったり、わたしもコーヒーを入れてもらったりしてくつろぐ。友達というか、親戚の家という感覚に近い。わたしが間に合ったので、じゅりが来る必要はなかったわけだが、搬入の際、息子がうろちょろすると困るので、助っ人として来てくれることになった。彼女の方が土地勘があるので「この道をまっすぐ行って、ここ曲がるねん」と先頭を切ってくれる。わたしは「へ〜」とついていっていたが、ふと我に返ったじゅりが「あんたんちやのに、なんであたしが案内してるんやろ……」とつぶやいていた。
搬入は無事終わり、新しい会社一日目を終えたアキが、まったく何の疲れも見せずに帰ってきた。スーツを着たサラリーマンが通常背負っている独特の疲労感がこれっぽっちもないので、サラリーマンというより、「無駄にスーツを着てるだけの人」という感じで、すごく違和感がある。日が暮れきる前に家に帰ってくるなんてこと、前の会社では一切なかったので(むしろ日付が変わってから帰るのが普通)、わたしも衝撃だった。搬入が終わったのは夕方18時だったので、みんなでいったん実家に戻ってきた。こんなことができるのは、大阪ならではである。母が豚しゃぶを用意して待っていてくれた。

3/31 SUN

新しいマンションの鍵の受け渡しの日。うちの家族3人+わたしの母とアキ母、計5人で赴く。実は、今日になるまで一度も家を見たことがない。家どころかその周辺にすら行ったこともなかった。わたしは今までそういう(その家を見る前に、住むことを決めてしまう)経験が何度もあるし、まあストリートビューとかで大体見たし〜と思っていた。(アキもそう。)しかしまわりの反応を見ていると、どうやらあまり一般的な行動ではないようである。あ、もちろん、ちゃんと事前に土地や家をチェックしてから決めるのがベストだとは思うけども。
行ってみると、だいたい予想していた通りの雰囲気だった。あたりは閑静な住宅街で、陽当たり良好。福岡のマンションのベランダがめちゃくちゃ狭かったので、それにくらべて、ひろびろしたベランダを見て、「わ〜布団が干せる〜」と言ったら、母が「今は安全面や美観を損ねるという理由でマンションでも壁に干すのを禁止してるところが多い」ときいて、ショックを受ける。安全面という理由は、(特にそれが高層マンションなら)わからないでもないけど、美観を損ねる、というのが納得いかない。欧米では、そもそも最初から洗濯物を外に干す習慣がないので(気候の問題が大きいんじゃないかとわたしは思ってる。乾燥しすぎとか、雨が多いとか、寒すぎるとか。しかも基本ベッドなので、ふとん干すなんてこと、まずない。)「外に干す=乾燥機買えない=貧困層」みたいなイメージがあるかもしれないけど、日本はもともとそんなことない。そりゃ、大きな一軒家があって、誰の目にもふれないように干せたら一番いいのかもしれないけど、この狭い国では、みんなにそれを求めるのは無理。そして、とても個人的な意見だけれど、よく晴れた日に、マンションのベランダにふとんがわーっと干してある光景を見ると、幸せな気分になる。太陽の光をすいこんでふわふわしたふとんの感触が、見てるだけで伝わってくるからかな。むしろ日本らしいあたたかい光景のひとつだといってもいいと思う。うちのマンションでほんとに壁干し禁止なのかどうかはまだ確認してないけど、もしそうなら、ベランダの内側で干す工夫をしないとな〜。などと考えながら、床を雑巾で拭いた。とよみさんや母も手伝ってくれて、大助かり。お昼は、ずいぶん前から馴染みのうどんのチェーン「のらや」で食べた。
明日の夕方、引っ越し荷物が搬入予定なのだが、わたしには、数ヶ月前から入れていて、どうしてもずらせない予定があった。その予定は何時に終わるかはっきりしないので、もしかしたら搬入時刻に間に合わないかもしれないのだ。アキは仕事だし、どうしようか〜と言っていたら、最適な人材がすぐ近くにいた。じゅりである。なので、今日早速彼女を呼び、鍵を渡して、万が一わたしが来れなかったときのために、「ソファはここで、テーブルはここ」などと説明しておいた。家族でも親戚でもないのに、「悪いけど引っ越しに一人で立ち会ってくれへん?」と頼める友達、それがじゅりである。
わたしが新しく住むあたりには、古墳が多い。マンションの前に、小さな空き地があるのだが、それを見たじゅりが「あんた、これも古墳ちゃうん」。最初冗談かと思ったが、よくよく見たらそこだけフェンスに囲まれてるし、土が盛り上がっていて、確かに古墳だった。なんだか一気にこのあたりの歴史に興味が湧いて、わくわくした。

3/30 SAT

すっきりと晴れた。3月の3週、4週、5週の週末をそれぞれ、鹿児島、福岡、大阪と場所を変えて、満開の桜に立ち会えた今年の春。
チューリップの花束とお寿司をもって、みなであつこのおばちゃんのお見舞いにゆく。重度の骨折だったようだが、わりと元気そうでほっとする。病院のベッドに横たわっていても、おばちゃんのまわりにはぱっとあかるいオーラがある。「次会うときまでには、歩けるようになっとくわ!」と心強いことば。病室にあった「シルバー川柳」、妙にきれいな装丁だなあ、とめくってみたら、鈴木成一デザイン室だったので納得。
息子が「プラザ いく」と言い出した。「先生やみんなに会いたいん?」ときくと、ウンウンとうなずく。「おうち かえる」とも。わたしも幼稚園の頃一度だけ引っ越したことがあり、それは今思えば同じ電車の沿線だったので、今となってはたいした移動ではなかった。でも、その頃のわたしにとっては、本当に遠いところに移ってしまった、という悲しい気持ちでいっぱいだった。実際、幼稚園児ではひとりで電車に乗って友達に会いにいくことはできないので、歩いて行ける距離を越えてしまえば、あとはひたすら「遠い」場所に集約されるのである。そのとき仲良くしていた幼なじみとは小学校・中学校ではわりと疎遠になってしまった。しかし高校あたりでまた会いはじめ、特にみさきとは、今ではかなり頻繁に連絡を取ったり会ったりしている。子どもの頃、大人の行動範囲に限定されて不自由な思いをしたとしても、大きくなれば、本当に会いたい友達にまた会いにいける。大人になるってすばらしい。
夜は、父主催、アキと弟のあらたな門出を祝う壮行会。とよみさんも参加。店はわたしが選んだ鴨専門のお店。大阪市内の店の予約がいっぱいだったので、奈良の店舗まで足を伸ばした。おさしみ、鉄板焼き、鍋など、とにかく鴨尽くし。新鮮なので、鍋でも、さっとくぐらせるだけで、やわらかいまま食べられる。だしも、シメのおそばもとてもおいしかった。
新聞に「ひらパー兄さん」(ひらかたパークという地元の遊園地のイメージキャラクター)にV6の岡田准一(そのへん出身)が決まった、と書いてあり、これまではブラマヨだったので、へ~と思ってそのことを母に言ったら、「ますだはどうすんねやろ」みたいなことを言っていて、最初「は?」と思ったが、どうやらますだおかだのおかだと勘違いしているようだった。同じ岡田でもだいぶ違う。

3/29 FRI

うちの実家の前には、元テニスコートがあり、そこはテニスコートとして使われていたときほど整備されていないけれど、そんなに広い空き地はなかなかないので、老若男女に色んな用途で使われている。今朝、春休み中の小学生の男子たちがバットとボールを持って意気揚々とやってきたのはいいが、すでに早朝からお年寄りが占拠していた。それを見た男子「げっ、ゲートボールおる!!」お年寄りたちを「ゲートボール」という一言で集約しているのが秀逸ですね。
昼、地元のとあるショッピングモールへ。都市でもない、田舎でもない、一言で言えば「suburban」な感じに、ちょっとクラクラした。
夕方、なおみちゃんが少しうちに寄ってくれた。息子のために、トトロやポニョ(彼いわく「コニョ」)をピアノで弾いてあげたいのだが、一部どうしても左手の和音がうまくとれないところがあった。彼女にきいてみると、「私、そういうコードとか苦手やねん〜」と言いつつ、すんなりと合う音をすぐに見つけてくれた。考えてみれば、なおみちゃんは、ピアノ、バイオリン、クラリネットと3つも楽器を弾けるんだよな。いいな。語学を3つ話せるような感じで、たとえばクラリネットを弾くことによってバイオリンのことがよりよくわかったりする、みたいなこともあるんだろうか。今度きいてみよう。彼女は6月に欧州に旅行に行くそうなので、その旅計画の相談に乗ったりした。
夜、キウイを食べてたら、息子が「ママ、ジャアイモ(じゃがいも)、オイシソネー」と言ってきて、すごく複雑な気分。

3/28 THU

朝から雨が降ったりやんだり。成田山に息子と鳩を見にゆく。「オシオシ シュル(よしよし する)」といって、鳩を追いかけ回す彼を、かなり引いた目で見つめる母親。内心「絶対汚いから、さわってくれるなよ…。鳩、逃げろ!」。ロンドン時代に鳩に対する嫌悪感が振り切れて以来、いまだに苦手だ。
アキが昨日、住む街の区役所で住民票を取って来てくれたので、今日は最寄りの警察署へ行って、住所変更をした。表側には東京の住所があり、裏側には変更後の福岡の住所がすでにあるので、今日書き足された大阪の住所を含めると、3つの住所が載っていることになる。これさえあれば、わたしがこの5年間で住んだ場所をすべて証明できることができます。そんな必要性は今のところどこにもありませんが。
今夜はとよみさんちでごはんを食べる約束。車で行けば早いのだが、息子が「ジルリジルリ(でんしゃ、の意)」に乗りたいというし、わたしもアキも歩きたかったので、電車で行った。とよみさんが昨夜作ったという「いぎす豆腐」がめずらしかった。いぎす草(海藻)と生大豆の粉をとかして作るそうな。愛媛の島(瀬戸内海)では、夏の風物詩らしい。それ自体にふんわりダシの味がついていたけれど、これまたお手製のごま味噌をつけていただくのもなかなかおいしかった。息子も気に入って食べていた。帰りはとよみさんに車で送っていただいた。実家同士が近いのって便利だな〜といつも思うが、それは、アキとうちの家族/わたしととよみさんの関係がとても良好だからなのだろう。そうじゃなければ、近すぎると面倒に感じるのだと思う。本当にありがたいことだ。

3/27 WED

新聞を取りに行く以外、一歩も外を出なかった。うちの実家は、二階建てなのだが、二階部分にリビングがあって、窓の面積が広いので、見晴らしが良い。だから、外に出なくても、そこまで鬱々とした気分にならない。たとえば、数日前まで住んでいた福岡の家は、見晴らしはお世辞にも良いとは言えなかったので、一日中家にこもっていると、物理的に「光が足りない!」と身体が欲するのがわかったものだ。だから、用事がなくても必ず毎日出歩いていた。わたしの夢(というか将来の予定)のひとつに、「自分の書斎を持つこと」というのがあるが、その書斎の様子はかなり具体的に思い描ける。窓辺に広く長い木の机があり、その窓のすぐそばには木立があり、少し離れたところに湖が見える。海ではなく、湖というところがポイント。
息子は、うちの両親と(わたしの)弟が家にいるのがものすごくうれしいみたいで、一日中機嫌が良い。子どもにとって、核家族っていうのはやっぱり不自然なのかな。しかし旧式の家制度をもう一度!とは思えないし、またあらたな家族のかたちを模索してゆく必要があるのだろう。家族、とまで言わなくても、近所のコミュニティとの関わりは、過去に学べる要素がありそうだ。今は働くお母さんが多くて、保育園やファミリーサポートなど、他人の手を借りる機会も増え、それはそれでいいと思うのだけど、それプラス、利害関係を越えた関係性があれば、また違う角度からのサポートになるはず。お金を払うことが悪なのでは全然ない。ではなく、もう少し湿度の高い(あえて別の言い方をすれば、「面倒くさい」)人間関係が並行してあることで、逆にバランスが取れると思う。なぜなら、面倒くささというのは、実は人をすくうことがよくあるからだ。それも、思ってもみないタイミングで。

3/26 TUE

引っ越し当日。前回東京から引っ越して来たときは、スタッフは二人だった。今回は梱包込みのパックだから3,4人くらいはくるかな、と思っていたら、なんと8人も来た!忙しい時期なので、あきらかに学生のバイトと思われる子たちも混じっていて、彼らはもたもたしていたが(わたしが18の頃、梱包バイトしてたときも、そう思われていたのは確実である)リーダー格のお兄さんとおばさんはめちゃくちゃてきぱきしていた。もし全員が彼らくらいの働きができれば、4人で十分だったであろう。そもそも狭い家なので8人が同時に動けるスペースなんてないのだから。梱包の残りから搬出まで、全部合わせてぴったり3時間で終了。からっぽの家を見てすごくすがすがしい気分。
前回空っぽの家を見たのは、2010年の1月に一人で東京から家探しに来たときだった。比較的雪がよくふる福岡でもめずらしいくらいの大雪の日だったのを覚えている。しのちゃんの家に二泊させてもらった。そして引っ越す今日、最後に会うのもしのちゃんである。やはりなんといっても、わたしにとって福岡といえばしのちゃんだ。いや、彼女自身には福岡っぽい空気は全然ない。そういう意味ではなく、彼女が同じ街に住んでいるというだけで、どれだけ心強かったか、ということ。アキが三ヶ月東京に行っていて、息子と二人きりだったときも、「いざとなれば、近くにはしのちゃんとしのちゃんの家族がいる」という事実をお守りのように握っていた。そう頻繁に会っていたわけではないけれど、わたしの福岡生活の芯に限りなく近い部分に、彼女がいた。
引っ越し作業終了後、アキは卒業式へ。家はからっぽだし寒いので、しのちゃんと息子と共に、プラザに一緒に行く。最後に山長さんに会えた。彼女の、茶色のような灰色のような淡く美しい瞳は、何度見ても見飽きない。山長さんとも瀬戸口さんとも、親しくなれたのは、最後の方で、それが残念な気もしてしまうけれど、そういうときはいつもこう思うようにしている。「もう少しで出会わずに終わるところだった!危なかった!ギリギリセーフ!」実際、今仲良しの宮崎千絵ちゃんだって、ロンドンでは最後の最後に出会った人だし、これからの人生でどう関わることになるか、まだまだわからない。
ほんとは夕方出発する予定だったけど、卒業式が押して、アキが帰ってきたのは、19:30。とりあえず腹ごしらえ、ということで、やはり最後は牧のうどん。わたしに「やわい」うどんのおいしさを教えてくれた店。わたしはカレーうどん、アキは唐揚げうどん大盛り、といういつも通りの注文。ささっと食べ、ようやく出発!車に乗って出発したとたん、息子は「おうちバイバイ!」と言った。1歳でも、引っ越すってわかってるんだ……とびっくり。出たのは21:00前。そこから2時間アキ→1時間わたし、というように交代で運転しつつ、どうにか朝の4:30に大阪にたどり着いた。福岡では満開だった桜だが、ここではまだまだつぼみである。

3/25 MON

商店街の八百屋さんに挨拶がてら、記念に写真を撮りにゆく。わたしがお世話になった、野田さん、堀さん、藤波さんというパートの方々も、お肉屋さんのおじさんも、みなまだ健在。バイトしてたのは、福岡にきてすぐの頃だった。働いていた半年間はもちろん、やめてからも、買い物に行くたび何かしら世間話を投げかけてくれる人たちだったので、引っ越して来た当初から、「知らない街で一人ぼっち」感がぜんぜんなかった。いきなり地元に馴染めた気がしたのは、彼女たちのおかげである。今日も、あいかわらず元気でいらっしゃった。
梱包パックが手配されているにもかかわらず、ほとんど詰め終わってしまった。あとはキッチンを残すのみ。捨てるのも詰めるのもすごい楽しい。わたしってこんなに引っ越し大好きやったっけ…?前の引っ越しまで、「これで何回目」と数えていたけど、面倒なので今回は数えてない。十数回目なのは確か。それだけ引っ越しまくるうちに引っ越しが好きになったのか、それとも生来のものなのか。たぶん前者だと思う。人生の中に「移動」というファクターがいつのまにかミルフィーユのように重なり、味をしめてしまった気がする。「これから先、あなたは一生この街に住むんですよ」と誰かに言われたら、ほっとする反面、ちょっと絶望的な気持ちにもなるだろう。たとえそれが大好きな街であったとしても。昔は、確かに物を捨てるのが苦手な子どもだった。今では逆に捨てすぎて、アキにとめられるくらい。手紙もためらわずに捨てる。でも残しておくものもある。基準は明快。「次の整理で、もう一度読み返したい、と思うかどうか。と、芸術的な価値(この場合、普遍的ではなく、自分にとって、という意味)があるか」その二つ。わたしに送られてくる手紙やハガキはけっこう後者が多いのです。
プラザへ。北野さんと瀬戸口さんに挨拶。二人とも、年代は違うけれど、毎日毎日、息子をかわいがってくれた。それはもう、心の底から。自分以外の大人が、自分の子どもを本気でかわいがってくれることほど、母親の支えになることはないと思う。本当に、ありがたかった。
帰り道、プラリバで明日のパンと夕食のお惣菜を買おうと思ったのに、財布を忘れて、愉快な村田さん。(現実に忘れてみると、全然愉快ちゃうわ!)夕方もう一度出直し。総菜は、わかさぎの南蛮漬けとひじきの煮物を買った。
プロフィール

織田 りねん

Author:織田 りねん
<おりた りねん>

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