3/24 SUN

午前中、前髪を切りに。お世話になっていた美容師のHさんに、お別れの挨拶も兼ねて。日曜の朝で暇だからって、ブローまでしてくれた。ここの美容院は、ちょうどわたしたちが引っ越してきたばかりの3年前にオープンした。Hさんと相棒のMさんは、専門学校の頃からの友人で、二人とも10年ほど東京で修行して、地元の九州に戻ってきて、念願の店を開いたのである。学生の頃から「いつか一緒に自分たちの店を持とう」と約束していたという。今日、髪を切ってもらいながら、なんだかHさん、雰囲気が変わったな、と思った。あいかわらず会話はゆるゆるなのだけど、まとう空気に、人としての厚みが感じられる。それだけ「自分の店を持つ」ということは大変なのだろう。その責任感が、彼に貫禄を与えたに違いない。
今日も大濠公園へ。最後にもう一度だけ三人でボートに乗ろう!と思って。そしたら、桜が満開だったので、舞鶴公園に行きたい人たちで激混み。でもどうにか乗れた。そしてこれまた最後だろう、ということで、天ぷらのひらおへ。ここは早い時間にいったので、ぎりぎり行列を避けられた。
最近息子はトトロをよく見ているのだが、それを横目でちらちら見ながら、何度も泣きそうになる。アキも「何でもない場面で泣ける」と言っている。昔はずっとさつき目線で見ていたのが(妹はメイ目線だったそうだが)、いつのまにか、お父さんとお母さん目線になっている。けれど、わたしの中のさつき目線が消えたわけではない。つまりは、共感できる目線が増えているということだ。もっと年をとったら、「メ~イチャ~ン」と呼ぶあのおばあちゃんの目線も獲得できたりして。

3/23 SAT

昨夜は明け方まで荷造りをしていた。なんていうか、もう「引っ越しハイ」みたいな感じ。もともとこのマンションあんまり気に入ってなかったので、まったく愛着はないっていうのも大きいかも。やっと引っ越せる〜!という感じ。長年(といっても3年だが)住んだからといって愛着が出るわけではない、ということがよくわかった。東京の家はこの家より狭いし(なのに今より家賃倍…)たった2年しか住んでないけど、大好きだった。たぶん、一番の違いは陽当たりだと思われる。そう思えば、人間関係も同じ。一瞬でスパークして大好きになる人もいれば、長年つきあってもいまいちわかりあえない人もいる。Lucaとは、スパークもスパークだった。しかし2月以来会っていない。とある事情で連絡が取れなくなり、今もそのままだ。どこにいるのかもわからない。毎日のように一緒に遊んだ2ヶ月は、夢のようだった。そして心のどこかで、「この夢は長くはつづかないのだ」ということを知っていた。だからこそ、わたしも全力で彼女を愛した。心残りがないといえば嘘になる。最後に、もう一度だけ会いたかった。それが叶わぬのなら、元気でいてくれることを祈る。
夜は、残りもの大処分の炊き込み御飯。にんじん、たけのこ水煮、うすあげ(甘く煮たやつ)、しらす、わかめなど入れた。たけのことわかめのおかげで、なんだかとても春らしい仕上がり。

3/22 FRI

引っ越しまで一週間を切っているが、何一つ、文字通り何一つしていない。というのも、会社がクロネコのらくらく引っ越しパック(梱包込み)を用意してくれたので、いざとなったら、全部やってもらおう、と気楽に構えている。しかし、自分も梱包バイトの経験があるのでわかるが、彼らはただ従順に、その場にあるものをすべて詰めてくれるだけなので、ある程度は整理しとかないと、行ってからが大変だ。とりあえず要らない物を捨てよう、と思って、息子の昼寝中に作業をしてみたら、すごく楽しくなってきてしまった。持ち物をぜんぶ紙の箱につめて、別の場所に移動するっていう行為自体が、好きなのだ。まあ簡単に言えば、引っ越しが好き。梱包バイトをしてるとき、家によって、(梱包パックを頼んでるにも関わらず)ほぼ梱包が終わっている家と、本当にまったく何も手をつけられていない家があるのが不思議だったが、今、ひとつの仮定が浮かんだ。前者は、もしかして、うちのように会社が勝手に梱包まで手配してくれた家で、後者は「荷造りとか苦手すぎるから無理!頼んでしまえ!」という家だったのではないか。
息子は最近略すのがブームのようで「ママ、ブーブー、マブ!」から始まり「トーチャン、ブーブー、トブ!」「シンクン、ブーブー、シブ!」などと言っては自分でけらけら笑っている。略す必要あるのかね……と思いつつ、言葉を略したがるのは日本人(日本語を話す人)の国民性なのかな、と考えてしまった。

3/21 THU

地下鉄の一日切符を買う。福岡の地下鉄は、日本一高いのではないかしら。それでも今日は、西新→唐人町→西新→天神→大濠公園→唐人町→藤崎と6回乗ったので、もとはとれた!天神では、タコくんが教えてくれた「反転地」というお店にいって、森脇ひとみ氏の「水のゆめ」というzineを買ってみた。小学生や中学生の頃、ざら紙の裏や端っこに描いてた漫画や短歌やエッセイや物語のことを思い出した。
アキの誕生日なので、ハンバーグを作って、食後に、とJACKのシュークリームも買った。ぜんぶ食べたあと、何かの会話の拍子に、アキが言う。「え、もしかして誕生日やからハンバーグとかシュークリーム用意してくれてたん?」「……そやで。なんでやと思ってたん??」「いや、なんか今日は (好きなもんばかりで) ラッキーやなあって思ってた」。そんな彼も、30歳になった。

3/20 WED

雨の祝日。こう書くと、なんだか雨を祝う日みたいだな。そういう日があってもいいよね。といっても今日は午後にはやんだけど。
息子とアキは空港に行ったので、その間にわたしは自転車で大濠公園へ行き、スタバで書き物をする。小説でも、エッセイでもない。送ろうと思っている賞に、自分は一体どういう作り手になりたいのか、というような設問があり、それについてここ数週間ず~っと思い悩んでいたのである。わたしは今まで、作品を読む人のことはある程度考えてきたが、それをつなぐ人(例えば、編集者)の視点についてはぜんぜん考えてこなかった。彼らに媚びても仕方がないけれど、作り手同士のハイコンテクストなやり方のまま想いを伝えようとするのも、傲慢だろう。慣れている人にとっては、何でもないことなのだろうけど、わたしには本当に難しくて、何人かの友達の意見を参考にしたり、アキに相談しまくったりして(彼はアーティストではないけれど、人と人とをつなぐのが上手なので、とても参考になる意見をくれる)どうにか書き上げることができた。今まで使ったことのない文脈で自分について考える、という意味ですごく勉強になったし、いかに自分がこれまで何にも考えてこなかったか、ということがよくわかった。スタバでは、ティーラテ(ラベンダーアールグレイ)を頼んだけど、書き終わる寸前まで飲むのを忘れていた。
晩ごはんは、湯豆腐。タラの切り身も入れて。先週作ったばかりのブロッコリーとじゃがいもの煮物もまた作った。息子はあいかわらず「おさかな」のことを「オカンコ」と言っているが、今夜とつぜん両手を合わせて腕ごと前に突き出し、こぶしがプルプル震えるくらいに力をこめて、彼の出せる最大音量で「オカンコーーーーー!!!」と何度も叫びだしたので、わたしとアキは目が点に。そのわりに、今夜は魚を全然食べなかった。
最近は、絵本のフレーズも真似をする。「ノンタンぶらんこのせて」を彼風に読むとこうである。「ノンタンノンタン ブアンコ ノシェテ クーシャイ ダメダメ チョッピ ヤモォ~~ン アチャチャ!!」前半は (原文にない「下さい」をのぞけば) ほぼ完璧、後半「だめだめ、まだぼく ちょっぴりしか のってないんだもん」はまあまあ、最後の「アチャチャ!」はどこから来たのか意味不明である。

3/19 TUE

昨夜は結局、アキと息子が先に寝てしまい、わたしとタコくんで、制作についての話を延々した。寝てる二人も起きてる二人もそれぞれのふとんのなかにいて、部屋は真っ暗で、なんだか修学旅行とかお泊まり会のような雰囲気だった。朝起きて、タコくんのおばあちゃんにあいさつをしたあと、知覧特攻平和会館へ。桜が、ほぼ満開だった。会館の中にも入ってみた。ここから飛び立ち、死んでいった若者たちの写真や遺書などが並んでいる。彼らはみな、わたしより若かった。彼らが、もし本当に自分で志願したのだとすれば、それが一番悲しい。(無理矢理行かされた、という方がまだマシ。)国というシステムは、ひとつ間違えればそこまで人を追いやることができるものなのだ。ひとりひとりの写真や手紙などを眺めているとあまりにもつらいので、つい彼らの行為を美化しようとしている自分に気がつく。美化してしまえば、わたし自身はそれ以上苦しまなくて良いからだろう。無責任すぎるとは思うが、素直な感情の流れとして記しておく。散る桜の下で、わたしとアキと息子は、ソフトクリームを食べた。わたしは紫芋、アキはさつまいも。息子は両方を少しずつ。空は晴れて、初夏のような暑さ。その後、近くのそば屋さんに寄って、タコくんのお母さんにも会えた。タコくんが鹿児島にいるあいだに、遊びにゆくことができて本当によかった。
そこからまっすぐ福岡を目指す。最後の一時間だけ、わたしが運転。夕方には着く。福岡の都市高速からみた街は黄砂(?)のせいでかすんでいた。
夜は、天ぷらの「ひらお」へ。安くておいしい!ずっと気になってて今日初めて行ったけど、もっと早く訪れておくべきだった~。

3/18 MON

朝、ロイヤルホストで朝ごはんを食べ、タコくんに会うべく、知覧へ向かう。最初しょぼしょぼ降っていた雨は次第に強くなり、もっと強くなり、もっともっと強くなり、信じられないくらいのどしゃ降りに。ワイパー最速でも追いつかないし、昼でもライトをつけないと前が見えないくらいだった。さすが南国…3月にして梅雨や台風並みの雨が降るなんて…と思うも、あとできくと今年一番の雨だったらしい。知覧はお茶が有名なので、緑の茶畑がずっと続いていた。どうにかこうにかタコくんちにたどり着き、WBCの日本VSプエルトリコ戦を見ながらお昼をいただく。そうこうしているうちに雨が上がり、雲が去って、陽が射しはじめた。よかったねー!と言い合いながら、みんなで指宿へ。砂蒸し風呂初体験。どさっ、どさっ、と容赦なくかけられる砂が予想以上に重たく、その重さが心地良い。全身がうまると、てのひらと足の裏がどくんどくんと波うつ。しかも微妙に時差があり、てのひらの方がわずかに早い。心臓から送り出された血が足まで届くのに、時間がかかるんだなあ、と実感。15分くらいで、暑くなったので、出た。その間ずっと、ざぱーんざぱーんという波の音がすぐ近くに聞こえていた。その後、すぐ近くのヘルシーランドへ。名前こそ怪しいが、そこの露天風呂は、海と山(開聞岳)のそばにあり、絶景なのである。お風呂にしっかり浸かると、湯の水面と水平線が重なり、太平洋と交わりそうな温泉だった。実際、お湯をなめてみると、しょっぱかった。
夜ごはんは、指宿市内で。「喜作」という小さなお店だが大将も奥様もとても感じも良く、子連れでも歓迎してくれた。揚げたてのさつまあげ、豚骨(骨つきの豚肉を黒砂糖や焼酎で甘く煮込んだ郷土料理)、カツオとキビナゴの刺身など、どれもすごくおいしかった。
それから知覧まで戻って、タコくんのおばあちゃんちにみんなでふとんを敷いて並んで寝た。

3/17 SUN

どんより曇り空。空気はなまぬるい。正午ごろ、鹿児島に向かって出発!最初は快調に進むも、熊本の南関ICで、突然全員高速からおろされる。事故があったらしい。そのせいで、しばらく下道を走らなければならず、しかもそんな状況なので下道もめっちゃ混んでいて、ふたたび高速に戻るまでに3時間くらいかかってしまった…。ホテルに着いたのは夜の7:30くらい。もともと今日は観光する気はあまりなかったけど、とにかく疲れた。ホテルの近くの天文館のあたりで、ごはん。鹿児島といえば黒豚。わたしはしゃぶしゃぶ一人鍋、アキはトンカツ。息子はみそおでん。店のオペレーションは悪すぎたが、味は良かった。商店街は、整然としていて清潔。何より道幅が広い。歩いているのは若い人が多くて、あかるい空気だった。ホテルの温泉に入って、さあ寝よう!と思うも、一日中車の中にとじめられていた息子が、今日という日を取り戻すぞ!という勢いで猛然と遊びはじめ (テレビのリモコンを新幹線に、ベッドのへりを線路に見たてて走らせるのが気に入ったようだ…) 結局寝れたのは夜中だった。

3/16 SAT

福岡にて、英会話の仕事最終日。スタッフも生徒さんも良い方しかおらず、名残惜しい気持ちでいっぱいだ。みなさんのこれからの人生が、実り多きものであることを祈る。
この前大濠公園に行ったとき、息子は「クワックワックワッボート(白鳥のボート)」に釘付けになってしまい、それ以来毎日「ボート ノル」と言い続けていた。今日はぽかぽか陽気だったので、ようやく彼の願いが叶った。とても楽しそうで、きらきら光る水面とあいまって、まぶしかった。ボートの中に取り付けてあった「乗船前に必ずお読みください。{警告・注意}」を何気なく読んでいたアキが、「ちょっとこれ見て…」と、ある一文を指差す。なになに、と目を凝らすわたし。『小さいボートは、大変便利です。しかし、大自然の中ではなに分小さすぎるのです。扱い方を誤ると、大変危険です、常に、念頭においてください。』……書いた人の人格がにじみ出すぎやろ! ボートに乗ったあとは、公園で遊んで、ジェラテリア(店名はViTOだったかな)でジェラート食べて帰った。
夜は、アキが研究室の整理をしに行っている間、わたしと息子はそれぞれ好きなことをして過ごした。正確に言えば、息子がしばらく一人遊びに夢中になってる隙を見て、わたしがぼんやりと考えごとやメールをしただけだが。おなかがすいた彼は「オカンコ ゴハン(お魚ごはん)」が食べたいと言ったので、タチウオを焼いて、身をほぐしてあげた。ブロッコリーも好きなのだが、ずっと「ゴビ」と言っていて、その由来も、オカンコ並みに謎であった。でも今日初めて「ゴゴッゴビー(ブロッコリーの発音)」と言い、「はっ、コリーの部分をゴビと言っていたのか!」と気がついた。

3/15 FRI

少し寒いけど、よく晴れてる。今日は車があったけど、気持ちよかったので歩いた。「選び疲れて眠るより、歩き疲れて眠りたい」、という言葉を思い出す。好きな言葉。検索したら「砂漠の民の言葉」って出てくるけど、それがほんとかどうかはわからない。図書館に、借りていた本を全部返した。
息子がブランコに初めて一人で乗った。息子が生まれて以来初めて、彼の髪の毛を短く切った。スーパーで、初めてアンパンマンのレトルトカレーを買った。わたし一人で生きてたら、そう頻繁には出てこない「初めて」が、彼と生きてると、毎日のように訪れる。ほんとは大人だって毎日初めてだらけのはずなのに、それを全部感じ取っていると日々がスムースに進まないから、「以下同文」的な略し方をして生きてるんだよな。子どもといると、日々はまったくスムースではないけど、そのおかげで、略してたものの本来の姿があざやかに立ち上がる。ほんとうに力のある芸術作品を見たときも、同じ効能がある。

3/14 THU

急に寒さが戻った。風が強い。
午前中は、糸島のフォトスタジオへ、家族写真を撮りに行く。毎年結婚記念日前後の恒例の行事。去年もここで撮ってもらったのだが、そのときは息子が人見知り全開の時期だったので、機嫌が悪くて大変だった。どうにか笑わせようとするカメラマンの方に苦労をかけたのを覚えている。でも今年は、最初からにこにこと歩き回っていた。
午後は、しのちゃんのおうちへ。農業に興味があるアキに、彼女の父の家庭菜園を見せてもらうのが一番の目的だったが、3週間前に生まれたばかりの、しのちゃんのお姉ちゃんの二人目のお子さんがいて、わたしはそっちに釘付けだった。小さい!!よくねむる、かわいい赤ちゃん。新生児がいるわりに、家の中がぴりぴりしていないのは、二人目のお子さんだからかな? 家庭菜園では、とうが立って花まで咲いた白菜をめずらしいだろうというので、わざわざとっておいて下さって、それがおもしろかった。あのいつも見慣れている白菜の中心から、しゅるしゅると茎が伸びて、花が咲いているのだ。菜の花みたいな黄色い花。ニラやら大根やらえんどう豆(八百屋バイトのとき思ったが、これを「ピース」と呼ぶのは福岡だけ?)、いろいろあった。しのちゃん母が、「今夜の餃子に使う」と言って、ニラを収穫していらした。寒かったので、家に入ってお茶をいただく。アキとしの父は、教育についての話で大変熱く盛り上がっていた。そのわきで、息子はしの母に「ノンタン」を読んでもらったり、積み木で遊んでもらったり。しのちゃんが作った、きなこと白ごまのシフォンケーキに対し、「モット ケーキ ホシイ」を連発して、誰よりもばくばく食べていた。夕方、帰る少し前に、しの姉の上のお子さん(2歳)がお昼寝から起きてきた。シールが大好きだという彼女、右足のすねに、バンドエイドが6,7枚ずらりと貼られていた。しのちゃん家の中に流れる自由な空気を、一番顕著に感じ取っていたのは息子だろう。最初から我が家並みにくつろぎ、終始ご機嫌だった。初めておじゃまするおうちで、あんなにものびのびしている彼を、今まで一度も見たことがない。
夜は、とりもも柚子胡椒焼き(息子は塩麹焼き)、じゃがいもとブロッコリーの煮物、ごぼうとにんじんと豆のサラダ、お吸い物。しの家からおみやげで春菊とサニーレタスをいただいたので、春菊はお吸い物に入れ、お肉をレタスで巻いて食べた。春菊は香り高く甘みがあり、レタスはしゃきしゃきだった。
そういえば今日、しのちゃんの家の近所で、中学生の男女を見かけた。二人は向かい合わずに、横に並んで真正面を向いたまま、携帯番号を交換している。女の子の胸にはコサージュがあり、今日は卒業式だということが見てとれた。近くの桜の花が、数輪咲いていた。

3/13 WED

春の嵐。風と雨、でもあたたかい。今日福岡市内では、ソメイヨシノ開花宣言されたらしい。全国で一番のりだとか。去年より2週間早いそうな。おかげで、福岡の桜を存分に見納めてから引っ越しできそうだ。
街を観察していると、団体で歩いている人たちは、たいていの場合、同じような服装をしている。でもときどき、「えっ、この人たち、何つながり?」みたいな集団にでくわすことがある。自分がもし集団の中にまじるなら、後者の方が確実におもしろいだろう。ちなみに昨日、英会話スクールの送別会において、レストランの人にまさにその質問をされた我々である。「みなさん、どういったご関係で……?」わたしとHankだけとってみても、水玉のワンピースとアロハシャツだもんな。にしても、夜、ひとりで天神の街を歩くのはものすごくひさしぶりだった。季節がぴったりなこともあり、スピッツの「さわってかわって」の冒頭が頭を流れた。
  天神駅の改札口で 君のよれた笑顔
  行き交う人の暗いオーラがそれを浮かす
  ぬるい海に溶ける月 からまるタコの足
  言葉より確実に俺を生かす
草野正宗はやっぱり天才だわ。この人が生まれ育った街に住めて、幸せだった。
改札を入ると、電光掲示板には「姪の浜」行きがあと1分でくると表示されていた。早足で階段をおりたら間に合ってしまって、本当にびっくりした。息子(をのせたベビーカー)と歩くペースが、すでにわたしのペースになっている。電車をおりたあとも、まっさきにエレベーターを探してしまって。
昨日作ったハヤシライスは、赤ワインが強すぎた。でも息子は気にせず食べてた。

3/12 TUE

こころなしか、昨日今日と空気がマシな気がする。
プラザにて、スタッフの方々と話す。毎日毎日会っているので、もうすぐ引っ越して会えなくなるというのが、ほんとうにさみしい。自分の作品のことでなんとなくぐるぐるしていたら、山長さんが、少女のような目で、わたしを励ましてくださった。ご本人は、そんなつもりはないのかもしれないけど、ことばのはしばしが、少し落ち込んでいた心にしみわたって、涙が出そうになった。プラザには、最初は半ばしぶしぶ息子のために来ていたけれど、いつのまにか、わたし自身がくつろげる場所になっていた。それもこれも、スタッフの方々の人間性のおかげだと思う。
夕方、早く帰ってきてくれたアキに息子をパスして天神へ。英会話スクールで、わたしと他2名のために送別会をひらいてくださるというので。ネイティヴの先生、日本人の先生、スタッフ総勢15人くらいいたかな? 席順の関係で、スクールディレクターのAさんと色々お話できた。彼女はわたしよりも2つ年下だけど、「プロってこういうことだよな」と思えるような仕事ぶりを拝見していたので、話せてうれしかった。もっとずっと話していたかった。同じテーブルにいたHankとMatが「Bucket List」について話していた。(映画名からとっている。邦題は「最高の人生の見つけ方」。Kick the bucketで「死ぬ」という意味なので、つまり「死ぬ前にやりたいことリスト」)ハンクは「ボートを自分で作る、東海岸に住む、それから……、もう一度恋に落ちる」と真顔で言っていた。会の終盤、みなさんから大きな花束と、ハンカチをもらった。たった週に一度しか働いていなかったのに、ここまでしてもらえて感激だった。
このブログ以外に、「絵本」に関するエッセイのブログを作ろうと思って、準備していた。年始の目標で、zineも作ろうと思っていた。でも、今の年齢の息子を自分で見る、と決めたこともあり、わたしが書ける時間は彼が寝ている時間しかない。わたしがもっと効率的に時間を使えれば、今の状況でもぜんぶできるのだと思う。でも、不器用なわたしには、それは無理だと気がついた。全部平行してやろうとして、全部が中途半端になってしまっている。だから、決めた。あと2年間、小説にしぼって書く。それで、まったく進展がなければ、エッセイの方にシフトしようと思う。

3/11 MON

あれからもう2年。息子が生まれた年でもあるので、きっとこれからもずっと、もう○○年か、と思い続けるのだろう。自分が今いる場所をまず快適にできる能力は大切だ。でも、そこに甘んじていてはいけない。優越感や劣等感を利用せずに、自分の立ち位置をはかるのって、むずかしい。こんな日だから、まずは今生きていることに感謝をする。そこからすべては始まる。
耳鼻科へ。あまりに人気な先生のため、2時間待ちと言われたけど、先に名前だけ書いて予約していた人たちが全然きてなくて、待合室がぽっかりと空になっていたので、10分待っただけで見てもらえた。わたしと同じタイミングで来たおばあさんも「ラッキーだ、ラッキーだ」とくりかえしていた。息子がアンパンマンのメモを数枚もらっていて、それを見たおばあさんは、「私もほしいな~」と。スタッフのおばさんが「ああ、お孫さんに?」ときくと、「いや、メモがあると便利やけん、私が使いたいとよ」スタッフのおばさん一瞬「……」となるも、プリキュアかなにかのメモ帳をまるごと一冊持ってきて、「ええけん、とっときとっとき」と渡していた。なんて鷹揚な耳鼻科なんだろう。おばあさんはまた「今日は本当にラッキーだ」と繰り返していた。わたしの症状は、先週にくらべて、すごく改善した。もう来なくていいらしい。すばらしい。
昨日の鯉、胃にもたれはしなかったけれど、今日になってもぜんぜんおなかが空かない。どういうこと? 反動で食べたかったふつ~の晩ごはんは、鍋の残りに豆腐を入れたスープと、アジの干物、アボカドとトマトのサラダ、ひじたま残り、納豆になった。息子は最近白いごはんのおいしさに目覚めたらしい。前まで、何か混ぜたり味がついたりしていないと食べなかったので、また一つ、成長した。子どもは薄味で慣れさせなくてはいけない、と色んなところで目にするが、息子の場合、味覚が発達するにつれて、薄味のものも好むようになってきている気がする。(もちろん今でもめっちゃ味の濃いものをあげているわけではないが。)離乳食についてあまり神経質にはなってなかったけど、それで正解だったな、と思う。

3/10 SUN

どよーんと曇り、黄砂だかなんだかのせいでものすごく霞んでいる。さすがに今日は、息子を連れて外で遊ぶ気になれない。
昼、Arezouが手作りのイラン料理を携えて、我が家へやってくる。彼女は先月母国へ帰るはずだったのだが、一ヶ月延びて、「この前のお礼に、どうしてもイラン料理をごちそうしたい」と言って、本当に来てくれたのだった。香り高いバスマティライスを鍋で炊いたものに、トマトとサフランベースのシチューをかけて、細く切ってよく炒めたじゃがいもが添えてあった。「ゲイメ ポロ」と呼ばれる、イランではみんなが大好きな家庭料理らしい。シチューの中にはラッペ豆(英語ではYellow Split Peas)と小さめのミートボールが入っていた。とてもおいしくて、ばくばく食べてしまった。最近好みにうるさい息子も、たくさん食べていた。そのお米を炊くのには、本当に手間がかかるらしく、それがうまく炊けるかどうかでその人の料理の腕がわかるくらいだそうだ。お姑さんが嫁の料理の腕前ををチェックするのにも使うのよ、と言ってアレズーは笑っていた。米ひとつぶひとつぶのできあがりが長ければ長いほどよく、おこげが上手にできるといいみたい。お米を炊くとき、鍋のふたを布で包んでいた。彼女とまた会えるとは思っていなかったのでうれしかったけど、なんだか友達というより、親戚がきたような感じがした。子どもが大好きで、息子を果敢に抱っこし、慣れるまでは人見知りしがちな彼を、一瞬で上手になつかせていた。彼女とは、また会える気がする。
夜は、佐賀の小城へ鯉料理を食べにゆく。この前英会話のレッスン中、生徒さんに教えてもらったものだ。関東出身の生徒さんが「琵琶湖で食べたけど、くさみが強かった…」と言ったのに対し、福岡と宮崎出身の生徒さんたちが「いや、佐賀の清水の鯉料理はくさみが全然ないし、おいしい!」と反論していたのである。どうやら九州の人にとっては有名らしい。調べてみると、しっかりしたHPがあった。トップページには「『清水の滝』の登り口には、鯉料理のお店が軒を列ねています。豊富で冷たい清流によって晒された鯉は、身がしまり、川魚特有の臭みも無く“小城自慢の一味”です。」と書かれている。なんだか毎週佐賀に行っている気がするが、わたしもアキも、福岡を去る前にどうしても食べてみたかったので、夕方お風呂に入ってから出発。小城には、蛍を見に何度か来たけど、ナビに導かれ、蛍の場所よりもっと山奥へはいってゆく。こんな山奥に、本当にあるのだろうか…と不安になった頃、とつぜん、「鯉料理」の文字が目にとびこんでくる。8軒ほど、鯉料理の専門レストランが並んでいた。その一番奥にある「滝見屋」へ。建物のつくりは、まるで古い民宿か旅館のよう。全室個室らしく、通された二階の部屋に入ってみると10人は座れそう。走り回れるので、息子は大喜び。窓からは、清流が見おろせる。メニューはなく、「二人前でよろしいですか?」とだけ訊かれる。臆病者なので、先にウェブで大体の値段を確認しておいた我々は、「はい」とうなずく。持ってこられた、「鯉のあらい」(刺身)の量に度肝を抜かれた。普通の店が「二人分の刺身」として提供する10倍くらいある。酢みそかしょうゆで食べる。薬味として、ねぎと柚子胡椒とゆずの絞り汁が添えてあった。それから、「鯉こく」と呼ばれる鯉のみそ汁。こちらも鍋ごと、どかんと持ってこられた。白みそ仕立てで、鯉の身だけじゃなくて、肝や卵も入っていた。すごく濃厚!あらいも、鯉こくも、臭みはなく、食べやすい。あらいは、コリコリしていて、表面は少しざらっとした食感だった。お米もつやつやでおいしい。まさか食べきれないだろうと思っていたのに、二人でほとんど完食してしまった。なのに全然胃にもたれない。
店があまりにも山の中にあったのと、店構え自体がとても古かったので、帰り道、アキは「なんかタヌキにばかされたみたいやなあ」とつぶやいていた。わかる。
今日は昼も夜も人生初の食べ物を食す、というめずらしい日だった。

3/9 SAT

もはや初夏といっていいのでは?というような気温。でも、黄砂で空がかすんでいる。心なしか、喉も痛い。花粉・黄砂・PM2.5と西日本はさんざんだ。福岡には、地震のあと関東圏から引っ越してきた人がけっこういる。わたしにも小さい子どもがいるので、できるだけ空気のきれいな安全な場所で育てたい、という気持ちはよくよくわかる。しかし、どこにいっても何かしら問題はあるし、もしどうしてもそこに住まなくてはいけない状況なら、ひらきなおって、生き抜くしかないであろう。
英会話の仕事。今日はフリートークの日だったので、生徒さんがこれまでに行った旅行の話をきいた。現地での食べ物の話が特におもしろかった。
夜はお客様を迎えて、鍋。アキの友人、木村さん夫妻だ。木村さんのことはこの3年間ずっとアキからきいていて、お会いしてみたいと思っていた。期待にたがわず、おもしろい方。お二人とも大阪出身なので、必然的にノリは大阪モードになる。みんな今は大阪以外の場所が長いので、最初はマイルドに標準語も交えてゆったり話しているのだが、じょじょに大阪弁に移行して、そのうちスイッチが切り替わる。例えるなら、安全を考慮してプラスチックのナイフとフォークを持っていたのを、大丈夫だと判断して銀のよく切れるものに持ち替える感覚。奥様のいぶきさんも、素敵な方だった。おっとりされているのだが、木村さんにときどき鋭いツッコミで切り込んでいるのが、さすがである。大阪人は小さい頃からの英才教育により、基本的なボケとツッコミ程度なら、状況に合わせて誰もがどちらでもできるのである。それは、性格がおっとりしてようが、ちゃきちゃきしてようが関係ない。よく料理をされるという木村さんと、「鍋って、手抜き料理と思われてるけど、意外と手間がかかる」「そうそう、親子丼とかの方がよっぽど楽」という意見で一致した。
息子は先にお風呂に入れておいて、21時頃わたしだけ鍋を抜けて寝かしつけたのだが、寝る少し前に、また「ゾウサン、イッパイ、キタ」と言い出した。この前お寺で言って以来、初めてだったのでびっくりする。「え、どこどこ?」ときくと、暗闇の上の方を見つめてにこにこしている。「ゾウサン、イル」とまた言うので、「大きい象さん?小さい象さん?」ときくと、「チッチャイ ゾウサン」。「何色のゾウさん?」ときくと、「アオイ ゾウサン」。そしてしばらくすると手をふりながら「ゾウサン、バイバーイ、ゾウサン、アイアト(ありがとう)」と言った。わたしもその象(たち?)、見たい!!

3/8 FRI

コートを着て動くと汗ばむ陽気。汗ばんだとたん、やってくる夏の暑さが思い出されて、「冬よ、まだ行かないでくれ」と思うのは毎年のこと。
福岡には観光用の二階建てオープンバスが走っているのだが、息子がそれを見て、しばらく考え、「カンコーバス!」と言ったのでびっくりする。たしかに、プラザでバスの図鑑を最初からひたすら「連結バス、トロリーバス、幼稚園バス、レトロ調バス……」などと読まされてはいたが、まさか覚えていたなんて…。
あと、少し前までの息子は、好きな食べ物を目の前にすると、一目散にそれを手に取って食べていたのだが、最近はもったいぶって、ちょっと眺めたり、味わって食べたり、残しておいてあとから食べたりするようになった。これも大人の階段を一つのぼったと言えるのだろうか。大人っていうか、子どもの階段か。
プラザなど、ママさんたちが集まる場では、そうとう仲良くなって連絡先などを交換しない限り、お互いの苗字も名前も知る機会がない。日本の文化において名前は重要ではないので、名を知らなくても十分会話が成り立つこともその要因の一つであろう。(英語圏では名前は重要だ。出会ったらまず名前をきくし、会話の端々で、名を呼びかける)なのでわたしはもっぱら「シンくんのママ、お母さん」で通っている。正直言うと、少し前までそれに違和感があった。村田りねんという人格が消去されてしまって、のっぺらぼうになったような気がしたのだ。でも、最近は、なんだかそれもわるくないなあ、と思うようになった。しがみついていた自分というものがふっと空気にとけて、少しだけ死に近づいたような、そんな軽やかな気分。母の匿名性というのは、野に咲く花や、海辺の小さな貝殻のようなものなのかも。
原研哉は昔から好きなデザイナー。この前彼がツイートしていた「いびつでも未来を触ってみる」という言葉、デザインを仕事にしてきた人の身体から出て来た言葉だなあ…すごいなあ…と思った。
4月から住む場所が、ようやく決まりそう。新しい土地!とわくわくしたのもつかのま、とある友人がチャリ圏内にいることが判明。その友人とは、悪友じゅりである。彼女は去年の春結婚して、地元を離れた。地元に帰ればいつも近所にいたじゅりがいないのは少し寂しいな、と思っていたあの感傷を返してほしい。これを腐れ縁と呼ばずして、なんと呼ぶ?
夜は、鮭のちゃんちゃん焼き。甘味噌仕立てが我が家流。新たまねぎのスライスとひじきを混ぜてポン酢をかける(うちの実家の味)「ひじたま」も。

3/7 THU

昨日にひきつづき、春!な陽気。しかし息子はごんごん咳をしている。彼は今日カラスを見て「カアカア、ゴミ、ゴアン(からす、ごみ、ごはん)」と言った。まさにその通りなのだが、そんな身もふたもない言い方をされると、カラスが少し不憫になる。
とあるできことがあり、やっぱり人は年を取るごとに、振り切れていかなくてはいけないな、と思う。常識の範囲内できれいにまとめても、何もおもしろくない。そういう人と話すと、つるつるしたボールのようにとっかかりがなさすぎて、どこから会話を深くしていけばいいのかわからない。かと思えば、じつは内部にでこぼこを隠し持っていて、一層か二層突き抜けるととっかかりだらけな人もたまにいる、が、だいたいの場合、目を凝らせば、そのでこぼこが透けて見える。あと、中には、そのでこぼこを極端に盛り上がらせていった結果、大きな大きなボールになった人もいる。少年漫画に出てくる、「師匠」レベルの人って、だいたいそういう感じ。好々爺だけど、本気出したらすごい、みたいな。
数日前、Birgitteからメールの返事がきていたのだけど、彼女もKaren Blixenの作品は好きだと書いてあってうれしかった。デンマークでは、クラシカルすぎる存在なのかな〜?と勝手に思っていたからだ。15歳のとき、ケニアの元カレンの家を見に行ったこともあるそうだ。すごい!今度デンマークに来たら、Rungstedlundの、彼女の家を一緒に見に行こう、とも書いてあった。何年か前までの50クローネ紙幣には、彼女の肖像画が使われていたので、「もし見つけたら一枚とっといてくれる?」と頼んだら、快く引き受けてくれた。
夜は親子丼。昨日の残りのパクチーと春雨のサラダ、じゃがいもと薄揚げのみそ汁(息子のリクエスト)。親子丼はおいしくできたけど、今度は、鶏肉をしょうゆじゃなくて、塩麹につけてから作ってみようと思う。

3/6 WED

すごくあたたかい。もう春といってもさしつかえないのでは?というくらい。
この前、耳鼻科では漢方薬をもらったのだが、先生いわく「飲みづらいと思うから、オブラートに包むといいよ」とのこと。オブラート!人生で買ったこと一度もないなあ…と思いつつ、買ってみる。実は子どもの頃好きだった。あつこのおばちゃんがよく薬をオブラートに包んでいるのをもらって食べたり、 ばあばに「ボンタンアメ」を買ってもらって、「このビニールの部分が一番おいしいな」って思ってた記憶がある。他にもビニールに包まれたお菓子を見るたび「これは食べられるビニールだろうか…」とためしてみていた。たぶん幼稚園児の頃。オブラートがじゃがいものデンプンからできていることなんて、昨日初めて知ったし。フクロタイプのオブラートを買ってみたのだが、中に厚紙のスタンドが入っていた。折り紙のように組み立てると、そこにすぽっとオブラートを入れて、薬をささーっと簡単に注げるようになっている。日本人、すごいなあ。などと感心しつつ、ちまちま包んでいると、その様子を見たアキが「君って、よくおばあちゃんみたいなことしてるよな……」とつぶやいていた。でも、たしかに若い人がオブラートを使ってるのって見たことない。カプセルが進化して飲みやすくなったからかな?「オブラートに包んで話す」などという比喩も、死語になってゆくのだろうか。
イワシがたくさんあったので、作ったことないものを作ってみようと思い、ネットのレシピを見ながら「さんが焼き」を作った。さんが焼きは、千葉(南房総)の郷土料理で、簡単に言えば「なめろう」を焼いたもの。イワシ(やアジやサンマ)をたたいて、ネギとショウガと味噌と片栗粉をまぜ、青じそをのせて、焼く。すごくおいしかった。お酒に合う味。

3/5 TUE

晴れ。でも黄砂?で少し空がかすんでる。PM2.5も話題になってるけど、気にせず外を歩いてる。しかし今日は頭痛がひどかった。家に戻ると治ったので、もしかして関係あるのかな? あったとしても、ずっと引きこもってるわけにはいかない。
このあたりは本当に転勤族が多い。だから、わたしが「引っ越す」といっても全然驚かれない。むしろ、「3年もいたんだったらそろそろだよね」みたいな雰囲気。この前、美容師さんが言ってたけど、「このあたりの小学校は、6年間ずっといる子が少ないから、みんな以前いた学校の体操服を買い直さずそのまま着てて、カラフル」らしい。
息子は、今でも水を飲むたび、まるで初めて水というもののおいしさに目覚めた人のようにごくごくと夢中で飲み、「オニム(お水)オイシーーーー!!!」と言う。お茶でも同じ。ジュースだとここまで言わない。魚の身をほぐしてごはんを一緒に食べるのも気に入っていて、「オカンコ(お魚)ゴアン オイシ」とも。オカンコって最初なんのことかわからなかった。
昨夜売り切れてたアイスをセブンで発見したので買ったら、アキも気をきかせて同じ物を買って帰ってきてくれた。

3/4 MON

晴れ。カーテンを洗う。
朝起きたら、息子が「ナ〜ホ〜ネ〜」と突然言い出した。イントネーションで、アキの口癖である「なるほどね〜」だとわかった。「ヨッシャ、イコ!」っていうのもアキの真似。あと、最近は車やベビーカーで出発するとき、すんごくはりきって「シュッパコ!シンコ〜〜!!(出発進行)」と言う。「パコ」のところがききたくて、何度もリクエストしてしまう。それから、ここ2,3日で色を言い出した。「シロイ カモメ」とか「アカイ ブーブー」とか。
鼻風邪をこじらせたのか頭痛までしてきたので、蓄膿(副鼻腔炎)だったら困る!と思って耳鼻科に行く。去年行ってみた2つの耳鼻科は信用できないので、新しいところをネットで探して、隣の駅まで歩いて行った。信じられないくらい良い先生だった。そして、診断は副鼻腔炎ではなく、もっと奥の、鼻というよりむしろ喉の上の方が炎症を起こしているとのこと。先生は、わたしの説明を少しきいただけで、何も診察をしないうちに、症状のすべてを言い当てた。
夜、23時過ぎ、どうしてもアイスが食べたくなってコンビニに自転車で行ったら、目当てのやつがなくてがっかり。なんだか今日は冴えない一日だったけど、それにふさわしい冴えない終わり方。そういう日もある。
息子はあいかわらず、お風呂上がりにキックをしまくりながら「チージュ!チージュ!チーチージュ!」と言っているが、昨日アキはその掛け声を思い出せなくて、「なんやっけ?キムチ!キムチ!やっけ?」と言っていた。二つとも発酵食品っていうだけで、一文字も合っていない。

3/3 SUN

晴れ。まあまあ寒い。ネットで三瀬峠の交通情報を調べてみたら、雪は一切なく、チェーン規制もかかっていなかったので、古湯へ向かう。うちは福岡の中でも早良区なので、九州自動車道と長崎自動車道を使うより、早良街道から263に入ってそのまま三瀬を越えた方が、佐賀の古湯方面に行くにはずいぶん近道なのだ。渋滞がなければ、一時間くらいかな。田舎道なので、車窓をすぎてゆく風景を見飽きないし。
「約1800年前、秦の始皇帝の命により徐福が不老長寿の霊薬を求めて上陸した際、「湯の神」のお告げにより発見したのが古湯温泉の起源といわれる」そう。今日も日帰りなので、ONCRIへ。最初は、前回より人が多いかな?と思ったけど、途中で、女風呂はわたし一人きりになった。こんなに広い露天風呂を一人で使えるなんて…と感動しつつ、そうだ、一人しかできないことをしよう!と思い立ち、近くに積んである岩にのぼってみた。そうしたら、柵の向こうの山が遠くまで見渡せた。時間は15:00過ぎで、少し傾いてはいるけど、まだ強い太陽の光に照らされて、山の緑が銀色に見える。寒くなったので、またお湯に戻る。湯にも光が射し、きらきら光っていた。
「オッキロ(大きなお風呂)」が大好きな息子が、一番気に入っているのもONCRIだ。36℃〜38℃というぬるいお湯だし、彼が立てるくらい浅いので、長い時間ずーっと、中を歩き回っていられる。と、さも見たように書いているが、息子は毎回アキと入るので、アキからそのように報告を受けているだけである。おかげでわたしはゆっくり入れる。
そういえば、宿についたとき、家族連れできていたおばあさんが「入り口の下足入れに置いていた靴がない」と騒いでいた。どうやら、間違ってもっていかれたか、とられたらしい。しかし、下足入れには「泊まりのお客様専用です。日帰りの方はロッカーをご利用ください」と書いてある。つまり、そこは泊まりの人がスリッパを入れるためのものだった。ロッカーは100円必要だけど、あとから戻ってくるので実質無料。おばあさんが受付の人に靴がなくなったことを言うと、係のおじさんおばさんは、憐憫の表情は見せながらも厳しいことを言う。「ここはね〜、ただタバコ吸いにくる人もおるけん、やけんがロッカーに入れてほしかったとよ」(実際、お風呂に入らなくても誰でも入り口までは簡単に入ってこれるようになっている)おばあさん:「あちゃ〜、いや〜大丈夫やろと思っておいとったんよ」。係:「それが甘いんです!」わたしは、申し訳ないけど、このやりとりで笑いがこみあげてきて、大変だった。もちろん、気持ちよく湯につかって、さあ帰ろう!としたら靴がなかったおばあさんの気持ちを考えると、「ああ、自分だったらさぞかしへこむだろうな…」と不憫になるのだが、それにしても、係員の物言いが、あまりにも地元のおっちゃんおばちゃんっぽいので、和んだのだ。普通の高級旅館だったら、あきらかに客が悪かったとしても、とりあえず謝りそうなものだが。ONCRIは外から見ると、本当に現代風の建物で、デザイナーがんばりました!という感じなのだ。だけど、その中でのやりとりは、完全に昔ながらの温泉ではないか。
帰りは、三瀬のそば屋でざるそばを食べて帰った。
夜はキムチ鍋。キムチの素は使わず作る方法を検索して、いくつかのレシピを組み合わせて作った。以下、自分への覚え書きとして書いておく。
土鍋にゴマ油をいれ、キムチ(400g入りをまるごと)とみじん切りにしたニンニクとショウガ(各ひとかけらずつ)をよーく炒める。そこに切った豚バラを入れ、炒めつづける。(←豚キムチ状態)隠し味として、少しだけバターを入れてコクを出す。辛さや甘さが足りなければ、コチュジャンを入れる。そこにだし汁をそそぎ、あとは野菜、豆腐、その他(今回は牡蠣を少し)を入れて煮る。素を使うより断然おいしかった。あ、ホホさんが昔よくチゲにいりこを入れてたので、真似しようと思ってたのに忘れてた。今度はダシに入れておこう。

3/2 SAT

晴れたけど、寒い。英会話の仕事。Macに「髪切った?似合ってるよ」と言われたので「ありがとう」と返すと、急に真顔になり、「あ、(その髪型に)君自身は満足してる?」ときかれた。「うん、すごく満足してるよ」と答える。答えたものの、なぜそんなことをきくんだろうと不思議に思ったのでたずねてみると、「僕の妻は、ヘアスタイルをがらっと変えたあと、いつもナーバスになるんだ。自分で見慣れないからだろうね。ポジティブなフィードバックを必要とするんだよ」とのこと。なるほど。でも確かに、髪型にかかわらず、何か自分に変化が起きたとき、まわりの人から肯定してもらえると自信がつく。しかし、肯定してもらえなかったとしても、気にかけずに驀進しなくてはいけないときもある。もちろんその逆に、ネガティブ・フィードバックに対して、真摯に耳を傾けなくてはいけないときもある。その行動の行き着く先と、モチベーションの一番底にあるものを見つめれば、自分が今どうするべきなのか、だいたいわかる。
昼はアキが息子をプラザに連れて行ってくれたので、あいた時間に小説を書き、昼寝をした。夕方バトンタッチして、アキは友達へ会いに薬院へ。ごはんを作るのが面倒だったので、息子には残りものを、わたしはレトルトのグリーンカレーを食べた。
最近息子はお風呂上がりにパジャマを着せようとすると、仰向けに寝転んだまま、「チージュ!チージュ!チーチージュ!」という謎の掛け声とともに、両足でわたしを蹴りまくる。小さい足のわりにはけっこう痛いし、そのリズミカルな掛け声をどうやって思いついたのか、皆目見当がつかない。

3/1 FRI

昨日とはうってかわって荒天。雨もさることながら、風が強い。しかし負けずにベビーカーを押してプラザに行く。プラザに置いてあるおもちゃはどれも良質で、「これいいなあ」と思うことがよくある。今日いいな、と思ったのはネフ社の積み木だった。ネフのおもちゃを知ったのは、昔、スイスを旅したときだ。高価だが、そのときはたまたまベルンの街の店頭でアウトレットのものがあったので、それを買ってずっと大事にしている。しかし大事にしすぎて、押し入れのどこにあるのかわからない。引っ越しのとき見つかるだろうから、息子のために出してあげよう。インテリアとしても美しいので、少しずつ集めたいなあ、と思いつつ、今に至る。
今日はわたしとアキの5度目の結婚記念日だったので、ミモザの花を買って、テーブルに飾った。結婚生活も早いもので、6年目に突入。アキは研修が早く終わったらしく、夕方4時頃帰ってきた。「この花どしたん?」「結婚記念日やから買ってん」「あ、そうか!忘れてた!ケーキでも買いに行く?」ということで、友人から教えてもらった「パティスリー・ジャック」の大濠店へ。全然知らなかったけど、福岡では有名店らしい。行ってみると、なかなか荘厳な店構え。(でも実は今までも前を通ってたけど、目に入ってなかった。人は見たいものだけ見ているんですね)店名にもなっている「ジャック」を2つ買った。キャラメルや洋梨のムースが何層にもなっていて、鉱物みたいにきれい。
昨日の残りのクラムチャウダーとさわらの塩麹焼きなどでささっと晩ごはんをすませ、今日はわたしも一緒に二日市温泉の御前湯に向かう。(普段は、アキと息子のみ)二日市温泉は1300年以上の歴史があり、万葉集にも登場するそうな。道後温泉や武雄温泉の公衆浴場と同じで、観光客向けの飾り付けは何もなく、来ているのもほとんどが地元の人々だった。おんなじようなふっくりした体型のお母さんと男の子がいたり、風呂のへりにすわって井戸端会議をしているおばあさんたちがいたり、とても和やかな空気が流れている。わたしはたまたまおばあさんたちの隣でお湯につかっていたのだが、そのうちの一人がヴィヴィッドな黄緑のヘアバンドで髪をまとめており、それが注目の的になっていた。「あんた、それよかね、どこで買ったと?」「100均よ」「どこの100均?」みんな、買う気まんまんだったので、来週あたりにはあのヘアバンドが御前湯女風呂の一大ブームになるのであろう。おばさんやおばあさんたちは、中には痩せている人もいるが、ほとんどが肉付きがよく、帝王切開の跡がある人もちらほらいて、そういうのを見ると、すごくほっとする。生きるってそういうことだよな、と思う。テレビや雑誌には、年をとっても体型をキープしたり、皺が少なかったりする人たちしか出てこないし、温泉や銭湯以外で他人の裸を見る機会なんてないので、気づかれないように、観察してしまうのである。地元民ではないわたしも、めずらしがられて観察されていたので、お互い様だろう。ふっくりした男の子は、お風呂上がりにヤクルトを飲んでいた。
帰ってきて、ジャックのケーキを食べた。有名店のケーキを手放しでほめるのは少し悔しい気もするが、今まで福岡で食べたケーキの中で、一番おいしかった……。胸焼けも一切ない。また食べたい。

2/28 THU

今日もあたたかい。歩いてると汗ばむくらい。
昨日しのちゃんがわたしに、とプレゼントしてくれた「くも(SPIDER)」は、彫刻家の新宮晋の絵本だ。非常に美しく、よくできた本。絵はもちろんのこと、装丁がきれい。そうか、絵本って、文字をこんなに大きくしてもいいんだ、と驚く。グラフィックデザインの視点から見ても、価値のある本。トレーシングペーパーが効果的に使われてたりもする。くらべるのはおこがましいけれど、わたしが卒業制作で作った本と少し共通点がある気もする。しのちゃんは、その作品も見てるし、わたしがくもの巣が好きだってことも知ってるので、この本をくれたに違いない。好みをよく知っている友人というのはありがたいなあ。
今日運転していて思ったこと。運転していると、景色とか人とかその他色々「あれ?なんだろう?」とふりかえって確かめたくなることがたくさんある。でも、それをすると危ないので、気になっても、前をみていないといけない。ドライビングにおける優先順位は、とにかく進むことと、事故を起こさないこと。まわりをゆっくり観察したいのなら、歩くしかない。ただし、それだと目的地までたどり着くのに時間がかかる。車と徒歩と(その中間の自転車も)、場合によって使い分ける必要がある。と思えるようになったのは最近で、これまではずっと車のスピードを拒否していた。まわりが見れなくなるのも、スピードを出して危ない目にあうのも嫌だったからだ。でも今は、わきめもふらず進まなくてはいけないタイミングもあるんだな、多少観察が雑になっても、スピードこそが命、というときがあるんだ、とわかった。なぜなら、人生の時間は限られているからだ。30でそのことに気がついたのは、遅すぎるかな。
あさりがおいしい季節なので、クラムチャウダーを、水煮やルーを使わずに作ってみた。例によって大量にできすぎた。しかも今日はアキは泊まりの研修なので、夕食はいらない。考えた結果、スパゲッティをゆでて、スープスパにして食べることに。それでもまだまだ余っている。
諸事情でなかなか返信ができないらしいLucaから、朝5:00頃メールがきていた。よかった。

2/27 WED

春がきた。と思うような陽気。百道(ももち)浜を散歩。14:30頃、しのちゃんと合流。会うの久しぶりだ。息子が眠ってくれたので、Bean's Cafeへ。ここのパンケーキは絶品。昨日にひきつづき、息子は2時間近く眠ってくれたので、ゆっくりお茶ができた。カフェでこんなにもゆっくりできたのって、出産以来初めて。しのちゃんは、ここ最近の中で一番元気だった。とじていたものがひらきかけて、中にある光がもれでてきているような感じ。話すことばのひとつひとつに、力があった。こちらまでエネルギーをもらえた。おみやげに、手作りのキッシュをもらった。あいかわらず美しい出来映え、にもかかわらずもそもそと「ここがこう失敗しちゃったんだ…」と必要のない言い訳してるのもあいかわらず。
夜は、しのちゃん父が家庭菜園で作った大根をふろふきに。あと、ぶりの塩焼き、うちの定番ごぼうとわかめとツナのサラダ、鍋の残りを使ったスープ。大根はすじが全然なくて、甘かった。
ホワイトチョコは基本そんなに好きではないが、この前エリーちゃんがおみやげにくれた BARATTI E MILANO のはめずらしさもあって、大切に食べている。フレイヴァーは、薔薇。薔薇といえば香水とか石鹸のイメージが強かったので、どんなものかと思ったけれど、チョコレートの甘い匂いと上品に合わさって、口の中でふんわりとひろがる。エリーちゃんいわく、「もともとチョコレートの原料カカオは南米からスペインに運ばれて、スペイン王家が独占していた。そこから徐々にフランス、イタリア、ベルギーなどに広がったのだけれど、そこでも王族貴族しか口にできない飲み物だった。(当時はまだ固形チョコがなかった)が、トリノがあったサヴォイア王国は、スペインに従軍したときにカカオをもらってきたあと、なんとも気前が良いことに、一般人もチョコレートを楽しめるように、王家御用達のチョコレート職人に、町にお店を出していいっていう許可を出したので、たくさんのチョコレート屋さんができた。そのために欧州中からトリノにチョコレートの製造技術を学びたい人たちが集まって修行をするようになって、トリノは当時チョコレートの都だった。たとえばスイスのリンツだったり、いろんなチョコレートメーカーの創始者は、トリノで修行してたりする」のだそうだ。エリーちゃんは、変な言い方だけど、物知りのおばあちゃんみたいに色んなことを知ってるので、暖炉の前でそれこそホットチョコレートとか飲みながら、いつまでも話をきいていたいような気持ちになる。

2/26 TUE

すっきりしない天気。プラザへ。今日初めて来た、という欧米系のママがいて、少し英語で話したら「あなたアメリカに住んでたの?」と。実際少しは住んでたのでイエスとは答えた。しかし心の中では「英語を話す国は、アメリカ以外にもいろいろありますが……」。その質問で、彼女がどこ出身かすぐわかった。スタッフの山長さんは、福岡において、わたしが小説を書いていることを知っている数少ない人なのだが、わざわざ本を買って読んでくださり、感想文まで書いて渡してくださった。ありがたいことである。あの本が出たのはもう3年前になる。しかし次の出版のめどは全然立っていないのが現状。残念だし、悔しい。ただ悔しがっていても仕方がないので、一行でも書き、一人でも多くの人に読んでもらえる機会を作る努力をしよう。この日記も、その一環。
プラザの帰りに、隣の大学のカフェテリアで息子にごはんを食べさせていたら、彼は食べながら寝てしまった。ので、そのまま図書館へ寄り、買い物をして帰った。帰ってきて、おやつのドーナツを一緒に食べているとき、わたしがわざと息子のドーナツのひとかけらを指差して「これ、ママもらってもいい?」ときいてみたら、首をふり、「シンチャン!」と言った。自分のものだという主張も上手にできるようになってきた。「ゴメサイ(ごめんなさい)」も言えるようになったが、これさえ言えばとりあえずOKな便利な言葉だと思っているフシがある……。あと、最近歌もうたう。もちろん一部分だけだが。一番得意なのは、やはり彼のテーマソングである「すすめ!アンパンマン号」。
夜は鍋。お好み焼き屋さんの「順平」で買ったゆず胡椒、今まで使ったどれよりも、ゆずが香り高い。

2/25 MON

昨日に引きつづき、雲一つない快晴、そしてぬくい。陰鬱なヨーロッパの冬に飽き飽きしているエリーちゃんは、「日差しが夏みたい!」と喜ぶ。
せっかくだから海がみえるところでお昼ごはんを食べよう、ということで、また二見ヶ浦のカフェへ。エリーちゃんは糸島ポーク100%のハンバーグを、わたしはアンコウやホタテのアクアパッツァを食べた。素材は新鮮、にんにくがよく効いていて、とてもおいしかった。海は、あかるい太陽に照らされて、ブルーとグリーンの間の色をしていた。息子は砂浜でみずから靴と靴下を脱ぎ捨て、裸足で歩き回る。しばらく海辺で遊んだら、つめたくて甘いものがほしくなったので、お昼を食べたカフェの隣のカフェで、ソフトクリームを食べた。
わたしもエリーちゃんも、この二年間、ベクトルが内側を向いていたので、今までになく穏やかでまるい空気感が二人の間にただよっていた。誤解をおそれずいうなら、女性らしい柔らかさ、というか。ロンドンやパリで会っていたときは、二人とももっととがっていて、気をつけないとお互いが怪我をする危険性があり、そのスリルが楽しかった。そういう危なっかしさは、若いときこそ楽しめるので、もう要らないが、今のほわっとまるい感じがずっと続くとも思えない。二人とも今年はまた移動の年になりそうだし、おそらく次のフェイズに移行してゆくだろう。それが具体的にどういうかたちになるのかはまだわからないが。
夜はアキもギリギリで合流して、みんなでラーメンを食べた。

2/24 SUN

快晴。Spoonful THE BAGLEへ。今日はどうしても買いたかったので、早めに家を出る。といっても、着いたのはオープン1時間後の12:00頃。すでに種類の半分以上売り切れている。わたしが店にいる間だけでも、他に三家族が買いに来ていた。これだけ街から離れた場所で、これだけ人が来るって、すごい。といつも思う。今でこそ、まわりにぽつぽつ他のお店ができているが、三年前に福岡に来たときは、ほんとにこのお店しかなかった。ここが、その周辺の土地の価値をあげていることは間違いない。わたしが福田さん(お店の奥さま)と前回会ったのは、まだ息子がおなかにいるとき。(その後も何度か来てるけど、毎回時間が遅くて、「完売しました」の看板を見て帰ったのであった)でも覚えていてくださった。本当に可愛らしい方で、彼女に会えるということも、お店の魅力の一つ。お店のたたずまいも、非常に洗練されている。そして何よりベーグルの種類がたくさんあって、それぞれおいしい。美しい空と海、山の緑を抜けてゆく道のり、店構え、福田さんとの会話など、ベーグルひとつ買う(実際はひとつではなくたくさん買って冷凍するわけだが)のに、小旅行のような趣がある。お店は一軒家の一階の部分にあるし、繁盛してるので、そう簡単に別の場所に移転するはずはないのだが、なぜか、来るたび「よかった、ちゃんとあった」と思う。絵本の中に出てくる魔法使いのおうちのように、うまく条件が揃わないと目の前に現れないような気がしてしまうのだ。それくらい軽やかで自由な空気が、お店には流れている。福田さんも、そういえば、魔法使いのような雰囲気が少しある。悪い魔女ではなく、親切な方の魔女。
夜は、トリノからちょっとだけ帰国中のエリーちゃんが、わざわざ遊びにきてくれたので、駅まで迎えにゆく。会うの2年ぶりくらい。夜食にきつねうどんを作ってあげたら、喜んでもらえた。あげは自家製、三つ葉とわかめもたっぷり入れて。息子を寝かしつけたあと、アキと三人で夜中まで話しこむ。決まりきった会話の型がない人とは、いつまででも話せる。

2/23 SAT

先月大阪の見知らぬ美容院で髪を切ったらへたくそな美容師さんにあたって失敗し、憂鬱な日々がつづいていた(大げさ)。福岡でいつも行ってる美容院で前髪だけ切ってもらおうかな…と思ったけど、どう考えても前髪をいじるだけでは無理である。なので心機一転、全体をばさっと切ることにした。今朝電話して、今日の予約が取れた。東京だと、こうはいかない。どこもたいして混んでないのでフットワーク軽く動けるのが、福岡の魅力の一つである。おかっぱに近いボブになった。もうすぐ春だし、軽くていい。こんなに短くしたのは5年ぶりくらい。にしても、気心が知れた美容師さんはいいなあ。仕事の話をいろいろきいた。「お正月に4日休むだけでもなんだか腕がなまってちょっと違和感がある」ときき、アスリートやピアニストみたい、と思う。毎日動かすことで、手先の感覚が研ぎすまされているんだろうな。
感情をそのまま放出しても、それは単に自己満足であり、誰かに向けてという意味での「表現」にはならない、と思っていた。今もそう思ってはいる。でも、すぐれた表現物は、ぱっと見ではわからないその根底に、激しい感情が流れた跡がある。擦痕とかクレーターみたいに。それがないものは、見る者の心の芯の部分までは届かない。最近、わたしの心にふかく届いたのは、nakaban氏の新作絵本「よるのむこう」である。毎晩飽きずに眺めている。自分のために買ったけど、息子も気に入ったようだ。彼の絵は、本当にすばらしい。
夜はアキが飲み会でいなかったので、ありあわせでパスタを作る。スパゲッティにバターとマヨネーズをからめて、明太子、しらす、三つ葉、昨日のあさり蒸しの残りの白ネギとしめじをまぜた。めっちゃおいしかった。
プロフィール

織田 りねん

Author:織田 りねん
<おりた りねん>

contact:
lingolinen*gmail.com
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