2/21 THU

昼は、雲が風でどんどん流れて、太陽が雲の切れ目からのぞいたときだけすぐそこにある春を感じられた。梅の花がきれいに咲いている。特に修猷館高校のものは立派。夕方になると風はやみ、昼よりあたたかく感じた。
昨夜、「これでようやくDTPができる」と書いたが、実はまだまだであった。今夜はスキャナー、プリンター、カメラなど、それぞれのソフトウェアをインストール。今までadobeのソフトはCSを使っていたが、今回買ったのはCS6。基本は一緒だけど、進化してる部分もあるし、細かいところがいろいろ変わっていて、めんくらう。たとえばこれを、CS→CS2→CS3→……という風に、こまめにアップグレードしていれば、毎回感じるのは小さな変化なわけだから、ここまで戸惑うこともなかったのだろう。実際のところ、わたしが使うシンプルな作業において、性能はCSでも十分なので、次のアップグレードはずいぶん先になるとは思うが、adobeのソフトどうこうではなく、他の局面において変化に対応するための教訓としよう。常にアンテナをはって見ておかなくては、いつのまにか時代に取り残され、そうなると追いつくのが大変だということ。取り残されてもOKなことと、OKじゃないことがあり、それを見極める目も大切だ。CS6を搭載したラザニアにまだ慣れなくて、結局今日はボロのグラタンをがんばって起動させて作業したりして、何をやってるんだか、という感じ。疲れた!パソコンにはりついているのはやっぱり苦手!
息子にはまだチョコレートはあげない方がいいと思っているので、チョコ系のものを食べるときは「これはニガイニガイやで」と言って、苦そうな顔をして食べる。しかし今日気がついたのだが、そうすると、ほんとうに苦い…とまではいかなくても、おいしさが半減するのである。おいしいとわかっているはずなのに、顔の表情を脳が誤解してしまうのかもしれない。ということは、たいしておいしくないものでも「おいしい〜」と笑顔で食べれば、おいしさはアップするし、楽しくないときでも「たのしい〜」と笑っていればたのしさアップするのだろうか。たしかそういうことを池谷裕二氏が言っていたような……。
夜は、生姜焼き。春キャベツはいためようかと思ったけど、生のままで食べてみたら、すごく甘くて味が濃かったので、そのまま千切りにして食べた。お味噌汁には、息子の大好物のいわしのツミレと、大根と、薄揚げと、キャベツの外葉を入れて。

2/20 WED

歩いて3分のところにある祖原公園のリニューアル工事がこの前完成した。今まで鬱蒼とした林があったところをきりひらいてスロープをつくり、車いすやベビーカーでも一番上まであがれるようになったのだ。祖原公園はうちの近所ではもっとも高い場所にある。1274年の一回目の元寇の際(文永の役)、元軍はここに陣を構えたそうだ。海から別の民族が攻めてきて、このへんに住んでた人はさぞ怖かっただろうな……。今ではそんな戦いのあとは微塵も残っていない公園の頂上で、息子はパンを食べ、お茶を飲んだ。いついつまでも、この公園にこういう平和な時間が流れていますように、と強く祈る。
先週インターネットがつながって、パソコンに向かう時間が増えた。ラザニア(新しいパソコン)のセットアップはまだ未完成だったので、その続きなどする。adobe系のソフトを入れたり、フォントワークスのフォントを入れたり。これでようやくDTPができる環境になった。でも、パソコンに向かって長時間過ごしていると、時間が手のひらからさらさらとこぼれていっていってしまう感じがする。実際に自分のからだを動かして何かを作ると、その手は泥で汚れて、自分の目の前には小さなお団子が並んでいるのが見てとれるので満足感がある。それにくらべると、スクリーンの中にあるものは、手にとれないので、何かを作っても実感がわかない。手に取れなくてもすばらしいものはあるのは確かだが、それを作る方は、独特の疲れ方をする。人間のからだは歴史的に肉体労働に適応してきたから、この新しいスタイルの労働にいまだ慣れないのかもしれない。運動してバランスを取ることが大切な気がする。
夜はイワシの蒲焼き丼。ししとうを添えて。イワシは手開きされているものを買った。これを一からやるのにくらべたら、労力が断然すくない。

2/19 TUE

咳がつづいている息子を小児科へ連れてゆく。ここの小児科は80代のお父様が理事長で、40代か50代の息子さんが院長先生なのだが、ふたりとも本当にお人柄がよい。どんなに混んでいてもとても丁寧な診察で、無駄な薬は出さない。そして最後に必ず「他にお話ししたいことはありませんか?」というきいてくださる。それに、子どものことだけではなく、それを看病する母の気苦労まで心配してくださる。「大変でしょう」とか「お母さんは、お元気ですか」と。その一言があるだけで、どれだけすくわれるか。息子、そしてわたしが約2年のあいだ心身ともに健康でいられたのは、ここのおかげだといっても過言ではない。この前、百道浜の近くで、院長先生が黒いラブラドールと散歩していらっしゃるのを見かけた。すごくイメージ通りで、うんうん、と一人でうなずいてしまった。
このあたりは、転勤族が多いので、生粋の福岡出身という人は少ない。プラザで出会うママさんたちも出身地はさまざまだ。今日は生駒にずっと住んでいた人と、世田谷出身の人と話したのだが、二人とも「福岡は仮住まい。できるだけ早く地元に帰りたい」という想いを熱く語っておられた。もちろん福岡は暮らしやすいし、子育てもしやすいので、それなりに楽しんでおられるのだが、「ここに骨をうずめる気はない」ということだろう。ご主人の定年後はそっちに戻るそうだ。それをきき、わたしは、「そうか、多くの人は、自分が老後にどこで暮らすのか決めているのだな」と改めて知った気がした。わたしのまわりは、そうじゃない友人が多い。いや、もしかしたら心の中では決めているのかもしれないが、はたから見ていると、たとえば10年後に今とは違う国に住んでいてもおかしくない感じなのだ。わたし自身はどうだろう、と考える。生まれ故郷の大阪に今のところ愛着はないので、ずっと住む気はない。便利さでいえば東京だが、年をとったときにあの街に住みたいかと言われたら、わからない。夏は北ヨーロッパで過ごしたいという思いはずっとある。冬はどうしよう。アキは暖かいところが好きなので、タイか福岡がいいと思っているようだ。人は、自分が考えている未来に少しずつ近づいてゆくはずなので、「まだ早い」と言わず、具体的に考えるべきなのかもしれない。
今夜は昨日の残りの肉じゃが(味がしみておいしい)と、太刀魚の塩焼き、ごぼうとわかめとツナのサラダ、中華風スープ。息子は昨日肉じゃがのじゃがいもをめっちゃ気にいって食べてたのに、今日はにんじんの方に心移りしていた。

2/18 MON

朝から雨。こまかいさらさらした雨が途切れることなくずうっとふっている。久しぶりに会ったLucaは、「こういう雨、苦手」と言っていた。
長編を書くつもりでいろいろ考えていたが、とつぜん短編集のタイトルが心に浮かんだ。タイトルが浮かぶっていうのは、とても力強いモチベーションになるので、そっちから書き始めるかもしれない。Birgitteの誕生日。手紙を書こうと思っていたけど、のばしのばしにして、今日。とりあえずメールを送る。コペンハーゲンも雨だろうか。
コーヒー豆乳を飲んでいたら、膜がはったので、手ですくいあげて口に入れたら、それを見ていた息子が「ママ、ネギ、パクパク」と言った。……たしかに、細く切ってみそ汁の中でとろとろになったネギに見えないこともない。アンパンマンのCDの中に入っている「ナガネギフラメンコ」という曲も気に入って、冒頭を歌え、とわたしに要請してくるので、「♪ネギネギネーギネギネギナーガネギフラメンコ」というと、絶妙のタイミングで「♪オーレ!!」と合いの手を入れてくる。

2/17 SUN

アキが後輩たちに栄養ドリンクを差し入れにいくというので、息子ともどもついていって、帰りに牧のうどんで昼ごはんを食べた。そのあと本当は大濠公園に行きたかったのだが、雨が降ってきたので、またしても空港へ。何度行っても飽きないのは息子もわたしも同じ。息子は行くたびによりクリアな感動表現を身につけていて、今日は「おっきな こーき ブーーン いったっちゅ」と言っていた。わたしはまたチョコレートミントのアイスを食べた。
今年の瀬戸内トリンナーレは春・夏・秋とあるんだなあ。前回3年前、9月に行ったときはものすごく暑くて動き回るのが大変だったので、今年はすずしいシーズンに行きたい。春は引っ越しでドタバタしてるはずなので、やはり秋か。
なんだかからだが重くて疲れているなあ……と思って理由を考えてみたら、連日両親と動いたことによる食べ過ぎであった。今週は意識して胃を休めよう。今夜は鶏だんごと白菜の中華風スープとカマスの塩焼き。レモンをしぼって。

2/16 SAT

朝、ホテルの前で両親をピックアップして、わたしは天神でおりて仕事。わたし以外のみんなは太宰府へ。天満宮を見終わったら梅が枝餅食べて隈研吾のスタバ見る、というコースだろう。わたしは仕事のあと、同僚のMac(オーストラリア人)と話していたら、彼も先週長崎に行ったというので「ランタンすごくよかったよね〜」と言ったら、きっぱりと「いや、ランタンは好みじゃなかった」と返されて、「えっ」と思った。好みじゃなかったことにではなく、(「千と千尋」のような異世界めいた雰囲気があるので、否定的な感想を持つ人がいても不思議ではない)そういう会話の流れ自体に、日本にいるとなかなか身を置くことがないので、久しぶりすぎて一瞬戸惑ったのである。流れ自体は強いが、まっすぐ、かつ深さはそれほどでもないので、それに慣れればちゃんと泳げる。日本の中での会話は、流れは弱くても思わぬ方向に曲がっていたり、底が見えなかったりするので、気を抜くと足を取られそうになる。
お昼は「鈴木商店」でラーメンを食べ、父の強い希望により、船越の牡蠣小屋へ。山盛りの牡蠣を網で焼きながら食べる。カワハギとアジのお刺身もおいしかった。晴れて、気温もそこまで低くなかったので、小屋を出たあと、みんなで少し海辺を歩く。イカが干してあった。けっこう海鮮を食べたにもかかわらず、夜はお寿司。今日の両親は「ザ・福岡観光」を満喫したと言えるだろう。うーむそれにしてもやはり彼らの旅の8割を「食」がしめているな……。夜、博多駅から「さくら」で二人は帰って行った。息子は「じいじ、うーう」と一緒なのはうれしいが、移動が多く、落ち着かなかったようで、家に帰ってお風呂に入ったあと「オッキャケゴアン、シャース(ふりかけごはん、しらす)」を食べたいと言い出し、少し食べて満足して寝た。
夜中に、大分の温泉にいるLucaにメールを返す。車でたった数時間なのに、すごく遠くにいる感じがする。

2/15 FRI

朝、ホテルまで母を迎えに行くつもりが息子ともども起きられず、朝ごはんを食べている間に母が徒歩でうちまで到着していた。雨がちょうどあがったので、少し市内を見たあと、シーホークで父をピックアップ。学校から帰ってきたアキに息子をバトンタッチし、(バトンタッチっていう言葉がほんとにぴったりだなあ)父母わたしで商店街の中のイタリアンレストランでランチ。アキがこなかった理由は、子連れだと行きにくい店だということと、その店のホール係をつとめるマダムが苦手だからである。味は確かにおいしいのだが、そのマダムはたしかに気取っている。気取りすぎである。客の方が気を遣わなくてはいけない雰囲気があるのだ。もう行くことはないであろう。
食事を終えて、さあ合流して長崎へ!と思ったら、アキが急遽学校へ再び戻って書類を提出しなくてはいけないことが判明。この際なので、みんなで糸島へ。アキが作業をしている間、残りのメンバーでお茶をすることに。桜井神社のそばのスプーンフルベーグル、この時間だときっと完売だろうなあと思いつつ寄り道したら、やはり完売。さすが。そのまま山を越えるかたちで二見ヶ浦に向かったら、狭い山道のあと突然さあっと海、それも夫婦岩が目の前にあらわれて、一同どよめく。心の準備がないまま、海が全身に飛び込んできた、という感じだった。夫婦岩は、大昔は竜宮への入り口だと言われていたそうな。SUNSETが休みだったので、隣のPALM BEACHへ。SUNSETより海がよく見えた。16時頃、ようやくアキの作業も終わり、気を取り直して長崎へ!目当てはランタンフェスティバルなので、日が暮れてから着いても問題ないのである。友人のさとが、わざわざきてくれて、街を案内してくれる。彼のおかげで、大浦天主堂、孔子廟、中華街、眼鏡橋など、短い時間の中でコンパクトに無駄なくみてまわれて、中華街の中のレストランで食事まででき、うちの家族、みな大満足。帰りは眼鏡橋から市電に乗ることができたので、息子も大満足。降ります、のピンポンを自分で押したときの彼の顔といったら…。鼻の穴がずっとふくらんでいた。それにしても、ランタン、きれいだったな。虎、鶴、金魚、伝説上の生き物などいろんな動物や人間をかたどったオブジェのランタンは今にも動き出しそうで、街中に橙色を基調とした光がぼわんぼわんとゆれていて、まるでひとつの大きな船の上にいるようだった。中国独特の極彩色が光を通すことで少しやわらかくなっている。長崎は教会の街というイメージが強くて、行ってみると実際そうだったのだが、そこに、キリスト教圏ではない中国のお祭りが何の違和感もなく、ふわっととけ込んでいるのがすごいと思った。今度は夜だけではなく、明るい時間に歩き回りたい。コンパクトではない、無駄な時間がたっぷりある旅がしたい。それくらい魅力のある街。さとおすすめの絵本の美術館も行きたいな。
夜、両親をホテルに送り届けて、お風呂も入ったあと、アキが「小腹がへった」といって、わたしが自分が食べるために買ったマグカップヌードルをがさごそと棚から取り出した。お正月にわたしが帰省してるときも、どうやら食べていたようなのだが、今夜になって「えっっこれってスープついてるん?!」と言う。たしかに、わたしがこの前食べようとしたとき、スープだけ2つあまっていて「?」と思った記憶がある。「えらい薄味やな〜。まあでもだから子どもも食べれるんかな〜って思っててん」だそう。

2/14 FRI

両親来福。母は福岡どころか九州自体初めて。最寄り駅の西新まで迎えにゆく。トルコレストランでラムケバブサンドとファラフェルサンドをテイクアウトして、家で食べる。母はチャイを頼んでいて、横でききながら「チャイって、インド式ミルクティのチャイなのだろうか…それともトルコのチャイ(ただの紅茶)なのだろうか…」と疑問に思った。そしたら後者であった。ファラフェル食べたの久しぶりだけど、やっぱり好きだな。わたしは、ひよこ豆のファラフェルしか知らなかったのだが、今wikiを見たら、「エジプトではそら豆のみ、シリア、レバノン、イラクではそら豆とひよこ豆半分ずつ、パレスティナ地方やイェメンではひよこ豆のみで作ることが多い。そら豆を入れた方がファラフェルがしっとりするという。」と書いてあった。そら豆のファラフェルおいしそう!自分で作れるかな?すんごくたくさんそら豆が必要になりそうなので、そのうちアキが家庭菜園で作ってくれたら、実行しよう。
ホテルまではどうにか歩ける距離だったので、散歩がてら歩き、帰りに息子は絵本を買ってもらっていた。「ノンタン」シリーズと、「うどんのうーやん」。息子はノンタンよりうーやんの方を気に入り、「チュルチュル!」と何度も言っていた。実はこの本は、「ちくわのわーさん」と並んで気になっていたのだが、読んでみると想像以上のおもしろさ。全編関西弁でノリも関西。そういう本はよくあるが、これは関西人のわたしが読んでも「負けた…ほんものや…」という感想。
夜は、仕事の父以外のみんなでメキシカン。西新の「エルボラーチョ」あいかわらずおいしいし、スタッフの心配りが行き届いている。

2/13 WED

プラザからの帰り道、息子が晴れた空をゆびさし、「クワックワックワこーき」という。クワックワックワのこーきとは、鶴丸のロゴのついた、つまりはJALの飛行機のことである。え?と思ってわたしも目をこらすと、小さな機体にさらに小さな赤い丸がかすかに見えた。医学的に、1歳ではまだ視力が完成しておらず、0.5くらいしかないと書いてあるのをよく見るが、息子や他の子を見ていると、そんなはずない、絶対もっとちゃんと見えている、という感じがする。
この前届いた「コップちゃん」の絵本を息子がかじっていた。一年くらい前は、それこそあらゆる紙類や絵本をかじりまくっていたけど、今はほとんどない。だからつい驚いて「もう赤ちゃんちゃうんやから、かじったらあかんよ~」というと、彼はすごくショックそうな、傷ついた顔をして、大泣きした。機嫌がいいときは、「シンくん赤ちゃん?」というと違うと首をふり、「お兄ちゃん?」ときくとうなずくのだが、甘えたいときはその逆になる。赤ちゃんかどうか決める(赤ちゃんを卒業する)のを決めるのは彼自身であり、それをわたしが勝手に決めつけてはいけないんだ、と反省した。申し訳ないことをした。「ごめんごめん、シンくんは赤ちゃんやもんね」といって、しばらく抱っこしてあげると、ようやく泣き止んだ。
昨日カワハギの煮付けを作ったとき、うっかりふきこぼしてしまい、コンロがしょうゆまみれになった。このまま焦がしたらタイヘンだ、ということで五徳や受け皿をきれいにすると一大決心をした。大げさなようだが、前回ちゃんと掃除したのは息子が生まれる前である。福岡に来たばかりの頃、タケノコを大量にもらって、それを茹でるために買った炊き出し用?というくらいでかい鍋に、重曹とお酢を入れ、片方の五徳と受け皿を入れて煮る。そして数時間放置。表面はさらっと汚れが取れたが、こびりついた焦げは、金属タワシで死ぬほどこすって、どうにか大体落ちた。それが乾いてから、もう片方のコンロを同じ工程で。めっちゃ大変なので、「これからはここまでひどくなる前に掃除しよう。いやむしろ、毎日洗えばいいのでは」とマメな主婦的発想になるが、おそらくそれが実現されることはないと思われる。
カリフラワーと鮭のグラタン。ホワイトソース味だと息子が何でも食べてくれるので、しいたけとしめじとたまねぎとにんじんも入れた。マカロニも入れようかと思ったけど、カリフラワーのかさが大きすぎて無理だった。
夜、数時間早いけど、ハッピーバレンタインズデー、ということでアキとチョコレートケーキを食べた。

2/12 TUE

10年くらい着ているコートがあるのだが、ボタンがぱちっとはめるタイプのやつで、毎冬必ず取れる。もんのすごく頑丈に、ぐるぐる巻きに縫い付けても、絶対取れる。この冬も取れた。仕方ない、付け直すか…と針を握った昨夜、とあることに気がつく。よくよく見ると、糸がぶちぶちと切れている。そもそもわたしは裁縫が大の苦手なので、まともな裁縫道具を持っていない。大学時代に多用した刺繍セット(裁縫は苦手だが、刺繍は好き。3Dが苦手なのだ) をすべての裁縫に流用していた。まさか!と思ってネットで調べてみると、「刺繍糸は切れやすい」とのこと。用途を考えれば、当然か。毎年毎年ボタンを一つと言わずいくつも付け直していたあの時間と手間は、わたしの無知と横着から生みだされた無駄なものだったのか…と遠い目に。しかし、裁縫に限らず、往々にしてこういうことがある気がする。もっと賢くなりたいものだ。さっそく手縫い糸を買った。
息子の語彙メモ。今日はたぶんわたしとアキしか理解できないであろうものを。「ジンマ(でんわ)」「ジルリ(でんしゃ)」「ハンキンコ(しんかんせん)」。
夜はカワハギの煮付け、週末のトマトスープの残り、キャベツ・もやし・ニラと木綿豆腐のチャンプルー。カワハギは、佐賀の呼子に行ったとき、水あげされたそのままの状態のをとよみさんが魚屋さんから買ってくださり、それをわたしとアキで協力して下処理したのだが、そのときなぜ「カワハギ」というのかようくわかった。わたしは意外と平気だったけど、アキは「カワハギくんごめんよ」などとつぶやいてかなりつらそうだった。それがトラウマになったのか、今日のカワハギの煮付けを見たときも、わたしに「これ自分でやったん?」とわざわざたずねるくらい気にしていた。答えはノー。スーパーでは処理されて売られているのがふつうだと思う。

2/11 MON

もうすぐ論文の公聴会があるアキは今日も学校へ。わたし自身、祝日だってこと、忘れてた。実際、育児に休日も祝日も関係ないし。昨日の夕方、アキがフロレスタでドーナツを買ったことを息子はしっかり覚えていて、起きるなり、「トーチャ、ドアンド、カッタ(父ちゃんドーナツ買った)」と言った。そして一口食べるごとに「オイシネー」と感動していた。
プラザに行くと、ほとんど人がいなかった。プラザに置いてある絵本は次々入れ替わるのだが、息子が大好きな「ピンポンバス」の作者、竹下文子・鈴木まもる夫妻の乗り物シリーズの一作である、「みんなで!どうろこうじ」が最近登場して、毎日読んでいる。パワーショベルやダンプカーなどの有名どころ以外にも、ロードカッター、モーターグレーダー、マカダムローラー、タイヤローラーなど、マニアックな工事の車が次々出てくる。わたしも、へえー、アスファルトの工事って、こんな風にやるんやあ、と初めて知り、最近は歩いていて、工事中の箇所を見ると、「お、あれはいま、あの工程だな…」などとうなずく始末である。このシリーズは、乗り物が正確に描かれているだけではなく、その背景の生活風景などもこまかく描きこまれていて、見ていて楽しい。
帰り道に寝てくれたので、図書館で一時間くらい読書ができた。その後三時半ごろアキが帰ってきたのでピックアップしてもらう。息子は、佐賀の古湯に行ってからというもの、「オッキロ(おっきなおふろ)」にはまり、また連れてけ、と催促する。なので今日はアキが二日市温泉に連れていってくれた。わたしは行かず。2,3時間のあいだに一通りの家事をしたのだが、息子がいないだけでむちゃくちゃはかどる。普段、ダンベルをつけて動いているようなものなんだろうな、と思う。四人育てたうちの母は、「(趣味の)チェロを担いだままウロウロできるのは、ずっと子どもをおんぶに抱っこして鍛えられたからやわ」などと豪語している。って、これじゃダンベルが文字通りすぎるけど。
とある哲学者について今調べていて、タイにいる坂本さんにメールで質問したら、「新プラトン主義の影響を受けている人では」というような文があった。またプラトン!と言いたくなるくらい、わたしが哲学について何かを知ろうとすると、いつも彼の名にぶち当たる。ずいぶん前「国家」を読もうして挫折した経験がある。再チャレンジはまだ当分先になると思うが、アンチョコを手にしながらなら読めるかな…….。

2/10 SUN

晴れて、寒さも少しやわらいだ。今日は息子と二人で、地下鉄に乗って空港に行ってみた。展望台から見える滑走路が離陸用になるか着陸用になるかは、たぶん風向きで決まるのだが、着いた時間は離陸だった。どんどん飛び立ってゆく飛行機に、毎回「ベイべ~(バイバイ)」と律儀に手をふる息子。わたしたちみたいな親子連れ、スーツケースを持った出発待ちの人、「飛行機の窓から見えてるかなあ」と話す見送りの人、飛行機の写真を撮りに来てる人、など、いろんな人がいる。佐賀のバルーンフェスタのときも思ったけど、空飛ぶものを、たくさんの人が眺めにきてる光景は好きだ。映画館やコンサートで、見知らぬ人たちと感動をともにしたときのような連帯感を味わいつつ、憧れる対象は「空」なので、小さな肉体を持った人間である自分、という等身大の感覚も、ひりひりと感じられる。もちろん、自分以外誰もいない展望台というのも、贅沢でいいものだけど。空港という場所自体、やっぱり魅力がある。移動という人々の非日常が水彩みたいにまざりあっているし、駅やバスターミナルとは違って、そこに「空」という要素がふくまれるので、わずかな緊張感もただよっている。移動手段としては、電車が一番好きだけどね。いまさらだけど、空港って、「空の港」って書くんだな。船が発着する本物の港は、駅や空港ほど利用したことはないけれど、そこには「海」がかかわっているので、やはり空港と似た憧れや緊張感があった気がする。
持参したお昼を展望台のベンチで食べたあと、息子はわたしの腕の中で昼寝をしはじめた。そっとベビーカーに移し、自販機でセブンティーンのチョコミントアイスを買って、外のデッキで本を読みながら食べる。空は青く、陽差しはあたたかで、アイスを食べてる人はわたし以外にも何人もいた。その頃には風が変わったのか、滑走路は着陸用になっていた。
最近の息子のボキャブラリーメモ。「オアチ(おやつ)」「カモマ(たまご)」「カアッポ(からっぽ)」「マックア(まっくら)」。

2/9 SAT

今日も昨日ほどではないけど寒い。息子は1歳と9ヶ月になった。こうして月齢を気にするのはいつまでなんだろう? なんだか、付き合いたての若いカップルが、「今日で三ヶ月記念日だね」となど言ってたのが、一年経ち、二年経つうちに、そんなこと気にもしなくなるのと似ている気がしないでもない。
仕事のあと、すごく久々にアキと三人でプラザに行った。閉まる間際だったので、少しだけ遊ぶ。わたしは、子どもが生まれたら必然的に「シンくんのおばちゃん」と呼ばれるようになるものだと思っていた。が、そう呼ばれたことは今のところ一度もない。ママ同士が「シンくん(の)ママ」という風に呼ぶので子どもも真似してそう呼ぶのである。いつのまに、そうなったんだろう?? 大阪でもそうなのかな。でもこれは、多くの祖父母(特に祖母)が自分たちのことを「おじいちゃん、おばあちゃん」と呼ばせず、他のあだ名で呼ばせるのと似た傾向ではないかと思う。「おばちゃん」には、叔母(伯母)/中年の女性/知り合いの母親、という意味が、「おばあちゃん」には、祖母/高齢の女性、という意味があるが、その中の「中年」や「高齢」のイメージを敬遠して、そう呼ばれるのが嫌なのではないかと推測する。わたしも女性の一人として、その気持ちがわからなくはない。が、年を取ることはそんなにも醜くつまらないことなのか?と反問したい気持ちもある。女性みんなが、おばちゃんとかおばあちゃんと呼ばれるのを嫌がるのは、成熟した社会とは言えないと思うのだ。そんな中、めずらしい例がアキの母、とよみさんだ。うちの息子は彼女にとって5人目の孫にあたるのだが、1人目の孫が誕生したとき、まだ40代前半でいらした。しかし彼女は、抵抗なく「おばあちゃん」と呼ばれていたそうな。それはそれですごい。東京なら、40代前半なんてまだ「お姉さん」でもいけるかもしれない。そう、年齢に対するイメージは、都会と田舎では全然違う。わたしは27で福岡に来たが、越して来たばかりのとき、派遣のバイトの面接会場で隣になった人が「私なんてもうおばさんで、行き遅れだ」と嘆いていたので年をきくと、わたしと同い年だったのでびっくり、なんてこともあった。たしかにそこの会場内では、わたしたちが一番年上っぽかったが、東京のカフェでバイトしていたときは、27のわたしが一番年下だったのである。「おばちゃん」「おばあちゃん」という言葉自体はわるくないが、そこに「もう」がつくと、途端に卑屈な雰囲気がただようので、要注意だ。
プラザのあと、赤坂の古本屋へ。福岡の古本屋は全然充実してないけど、そこはいいと聞いていたので期待して行ってみたが、いろんなジャンルが浅く広く並べられていて、イマイチだった。古本屋はやはり、店主の気持ち悪いくらいに偏った好みが反映された品揃えがおもしろい。
古本屋の近くにある、とあるお寺にお参り。途中で息子が、「おっきなぞーさ」と言い出した。「え、どこ?」ときくと息子の目はわたしたちの膝あたりを追っている。そのサイズだと、むしろとても小さな象なのでは? しかしそれは移動しているらしく、息子もその動きに合わせて顔を動かしていた。「ぞーさ、いた」と何度か言い、最後に「いったっちゅ(行っちゃった)」。息子がおなかに宿ったとき、わたしにはなぜか象のイメージがよく浮かんだ。だから、最初のアルバムや新生児用のベビー服には象があしらわれているものを買った。もしかしたら、今日彼が見た、大人の膝丈サイズの象は、彼を見守ってくれている存在なのかもしれないな。
帰り道、車の中でアキが突然「……いま、喉に激痛が走った」と言ったので、「え!なんで!」と一瞬心配したら、「たぶん鼻毛がささってん。ない?そういうこと?」ときかれたので、「人生で一度もない」と即答した。

2/8 FRI

極寒。朝から雪。さむいけど、息子に雪を見せてあげたいし、ベビーカーにレインカバーかぶせて、がんばってプラザに行くかな…と出発したら、彼は5分で寝はじめたので、とっとと引き返す。今日もわりと昼寝してくれたので、小説のことを考える時間がとれた。今年は長編を書くつもり。
うちの家族全員、鼻風邪が長引いている。大人はまだいい、鼻がかめるから。でも赤ちゃんは自分じゃかめない。そんなときにドラえもん気分で取り出すのが「ママ鼻水トッテ」という商品。これはスグレモノ。もうすぐママになる友人も読んでくれてるみたいなので、ついでにもひとつ。マグマグは、リッチェルのものがおすすめ。他社のより断然使いやすい。リッチェルは富山の会社だけど、いい仕事してると思う。ほかにも色々ベビー用品の取り扱いがある。と、こんな風に子育てグッズの細かな情報を書きはじめたらあっという間に本一冊分になってしまうので、今日はここらへんで。
午後になっても雪はふったりやんだり。車で図書館へ。色々読んであげると、息子の反応が本によってさまざまなのでおもしろいのだが、今日は久々のスマッシュヒットが出た。「コップちゃん」である。100%ORANGEのイラストが可愛い。わたしも気に入ったので、買おうと決める。
そういえば、昨日、お茶碗を買った。今まではニトリのつまんないやつを使ってて、でもそのうちの一つが割れて、お客さん来るしどうしようかな~と商店街を歩いてたら、ふと目に止まったのであった。青がきれいで軽い。
夕方には雪はやんで、ほとんどとけていた。でも、夜ゴミを出しに行ったら、すでに出されているゴミ袋の上にだけ雪が残っている。それがとても印象的だったらしく、息子は寝る前にふとんの中で「ゴミ、ウキ」とつぶやいた。

2/7 THU

北風が吹いて寒い。
ある友人が、とても旧日本的な「家」のシステムに巻き込まれようとしている。都会にいると、それはあまり感じないが、田舎ではまだまだ健在だ。どうにかしてあげたいけど、その壁は驚くほど厚く高く、わたしなんかにはとうてい歯がたたない。いわゆる「壁と卵」問題がここにも。無力感に打ちひしがれる。当事者は、半分あきらめていて、それが余計にくやしい。
お客さんがあるので、午後は遊びに行かず、料理と掃除に精を出す。息子は空気を読んだのか?いつになく長く昼寝をしてくれて助かった。お客さんは、アキの研究者仲間である、Arezou。イランから来ている女性。ムスリムなので、料理に豚を使うのは避けた。アレズーは、20代にしてすでに母国では大学のポストを得ている賢い人だけあり、とてもリベラルだ。例えば、夫婦のどちらに転勤が決まった場合、日本ではほとんど夫側についてゆくけれど、彼女は「どちらのキャリアの方がより重要かによるわね」と言っていた。でも、反面保守的な部分もあり、結婚となると、お見合いが信頼できるから自分もそうするつもり、と。(現在はイランでもそれは少数派らしい。) 釣書的なシステムも、大賛成だと。そう考えると、冒頭でわたしが敵とみなした「家」という「壁」は、場合によっては人を守るんだな、と気がついた。そうなのだ。壁は、外に出ようとする者にとっては障壁でしかないが、中にとどまろうとする者にとっては、安心を与えてくれる。親が子どもを守りたい、と願う気持ちも壁の一種であり、子どもはいつかそれを乗り越えてゆかなくてはならないが、すくなくとも幼いうちはその機能を発揮するだろう。多くの壁は、善意からなっている。だからこそ、越えようとするものにとっては厄介なのだ。今夜アレズーと話さなければ、そのことにここまではっきり気がつかなかったかもしれない。息子の相手はアキに任せ、食卓で二人でゆっくりと話しこんだ。おもしろかった。また会いたいけれど、もうすぐイランに帰ってしまうそうだ。おみやげに、父上が送ってくれたというバクラヴァをくれたので、「わあ、バクラヴァ? うれしいありがとう」と言うと、「バクラヴァ知ってるの?!」と驚かれた。知ってるも何も、先週わざわざ買って食べたところである。最初は恥ずかしがっていた息子もすぐに慣れ、誰よりもうまくペルシャ語を真似していた。

2/6 THU

昨日すわノロか!と恐れおののいた息子の容体だったが、幸いにして違ったらしく、今日は元気。自分のことを「キンクン」(シンくん)と言い出した。あと、「コレハ オッキナ パンダ」と文章もしゃべった。みるみる上達する。
家でもプラザでも図書館でも絵本を読む(読むのはわたしかアキだが)息子。この本好きは、遺伝なのか、それともわたし自身が本が好きでよく読んであげるからか、どっちなんだろう。両方? いろーんな絵本を次々知ることができて、わたしもすごく楽しい。本人は、ノンタンやメイシーちゃんなど、キャラクター性のはっきりした絵本がやはり好きなようだ。でも、大人だって、そう。絵こそないものの(漫画はあるけど)、人物がキャラ立ちした話の方が、読みやすいし、おもしろい。もちろんそれだけが本のおもしろさではないけれど。
そういえば、昨日タイトルすら覚えてなかった本、今日見つけたから借りてみたけど、フェミニズムの匂いがつよくただよってて、まともに読む気にはなれなかった。わたしが毎日料理をするのは、ジェンダーによる義務だからなのか? と一応自問してみたものの、答えはノー。そもそも結婚する前だって、料理してたもんな。でも、たしかに料理が苦手な人や忙しいママにとっては、「お母さんの手作り料理やお菓子がイチバン」みたいな空気はキツイだろうな、とは思う。一昔前にくらべたらまだマシかもしれないが。わたしの場合、その点に関しては、自分の趣味と時代の要請がたまたまマッチしていてラッキーだったのだろう。料理以外に関しては、マッチしていない部分も多々あるが、気にしない。それにもしこの先、今より忙しくなることがあれば、料理だって放棄する可能性すらある。
今夜は、三色丼、豆乳スープ、アジのひらき、かぼちゃの塩麹煮、ごぼうとにんじんのキンピラ、ほうれん草のゴマ和え。いつも常備菜は数種冷蔵庫にあるけど、それはここに毎回書くのめんどうだから省いてる。大量に作って置いてあるので、一週間くらい同じ常備菜の中から選ぶか、少しずつ全部食べる。今日はこんな話題なので、あるもの全部書いてみた。あ、ちなみに残り物の豆乳スープ以外に、明日用に作った粕汁も食べたんだった!アキは納豆も食べてた。

2/5 Wed

昨夜息子は微熱があり、今朝は下がっていたものの、いつも朝は機嫌良く起きてくる彼からは考えられないくらい機嫌が悪くて、ピピ…という音が聞きたいのか、体温計で熱を測ってくれと何度もせがみ、5回くらい測って、もういいやろ~?としまおうとしたら、大泣き。しゃくりあげながら「もっか もっか」と…。結局あと10回くらい測って、(20秒ではかれるのが救い) 完全に平熱だが、泣くと0.1度くらい体温が上がるんだな、ということがわかりました。その後、アキがわざわざ買いに行ってくれたリンゴジュースで機嫌が治った。午後は図書館ではしゃいでいたのだが、帰る間際になって、おやつに食べたさつまいもを吐いてしまう。はっ、昨夜の微熱といい、こ、これは今はやりのノロウイルスでは……とあせりまくるも、その後はまた元気になった。しかし油断はできない。戦々恐々である。
夜、息子が寝たあと、わたしの唯一の得意なお菓子レシピであるチーズケーキを焼く。好きな音楽流して、ほんとうにひとときの、優雅な時間。
そういえば、今日、図書館でパラパラ見た本の中に、「家庭」という言葉は明治時代に【home】の訳語として登場した、という記述があり(ちなみに「教育」【education 】も) 、それ以前はこの言葉はなかったのか、と考えると軽い衝撃だった。

2/4 Mon

朝から雨。気温は15℃くらいある。今日はプラザも図書館もあいてないし、公園も行けないしで、仕方がないので、適当に息子の相手をしつつ掃除などする。そして、料理をしまくる。
そういえば昨日、ひさしぶりに一人で自転車に乗った。なんて身軽なのだろう、と思う反面、大切な荷物をどこかに置き忘れてしまったような感じもした。
夕方、雨があがったので、点滴を受けているLucaのもとへ、豆乳スープなど届けにゆく。帰りに公園により、息子とブランコに乗る。ブランコは酔ってしまうからかなり苦手だけど、目をとじればわりと大丈夫。息子を抱いたまま、目をとじて、15分くらい乗っていた。目をとじたまま乗っていると、雲くらいの高さでブランコに乗っている錯覚にいつもおちいる。高所恐怖症なので、うすめをあけて、だいじょぶ、地面はすぐそこだ、と何度か確認した。

2/3 SUN

今日も晴れてぬくい。朝、近くの愛宕神社の豆まきにいく。「福はうち」を何度となく聞いた息子は「くわっち!」と車の中でつぶやいていた。
午後は大濠公園。息子は少し風邪気味なので本調子ではなく、いつもは楽しむすべり台すら「コワイ~」と言ってすべらなかった。でも、帰り道に買ったムッチャン万十のことはめっちゃ気に入って、ばくばく食べた。「これはパンに似てるけどパンちゃうよ、まんじゅうっていうんよ」と教えると、「パンジュウ!」余計な情報が多すぎるとこうなる、という見本。
夜は恵方巻き。といっても、サラダ巻だけど。しかも丸かぶりはせずに、切り分けて。家族総倒れの様を呈しているLucaの家にも、また少しおすそ分け。わたしも彼女も、体調崩しても頼れる親は遠い、という身。困ったときはお互いさま。春からはわたしは大阪だから、もう少しラクになるのは目に見えてるけど、子育てのスタートを、大阪以外の地で始めることができたのはよかったと思う。この先どこに住むことになっても、そもそも一人 (アキをふくめば二人) だったんだし、と開き直れるだろうから。

2/2 SAT

晴れた!朝から仕事に行くなり、Hankが歌の出だしを歌ってそのあとを継げるかゲームをしかけてきて、え?なにそのゲーム?とか思いつつ巻き込まれ、知らぬ間にビートルズ縛りになり、朝からHelp!やOctopus's Gardenを熱唱するはめに。気づいたら授業の時間。バタバタ。
午後はラーメンを食べたあと、アキは学校に行ったので、わたしと息子でプラザへ。やつれぎみのLuca親子を発見し、今夜も晩ごはんおすそわけしてあげると約束する。その後、図書館の前にある大きな公園に行くと、息子は小さい子用のすべり台を無視して、何人もいっせいにすべれるでっかいすべり台に向かって一目散。彼一人では危ないので、仕方なくわたしもスカートのまま一緒にすべったら、ものすごいスピードが出てめっちゃこわかった!!その後しばらく遊んでいたが、ちょっと疲れたのかグズグズしだした息子に「おやつあるよ、食べる?」ときくと、一瞬で満面の笑顔になり、うん、とうなずく。おやつ、という単語一つでこうも素直に元気になるのを目の前にすると、人は基本的に単純にできているのだな、とあらためて思う。
17:30ごろ、アキにピックアップしてもらい、買い物をして、帰った。ごはんは、炊き込み御飯(いわゆる福岡でいう「かしわめし」)、だしまきたまご、お味噌汁、かんぱちのカマの塩焼き、カボチャの煮物。こういうメニューがいちばんほっとする。だしまきたまごは、レシピをちゃんと見て再挑戦。とてもきれいに、おいしくできたので満足。ルカには、炊き込みごはんとたまごを分けてあげたら、お礼に、とQUAKERのグラノーラをもらった。

2/1 FRI

朝から雨。しかしぬくい!雨の日のプラザは人が少ない。スタッフさんによると、人が多い方が元気になるタイプと、人が少ない方がのびやかになるタイプといるそうなのだが、息子は完全に後者である。そしてわたしも。基本的な性質は、ほんまにわたしそっくりやんな…ということでアキとわたしの意見は一致している。午後も雨が降ってたので公園には行けず、図書館へ。
セナくんとだんなさんが一度に倒れ、へとへとのLucaを助けるべく、車でラザニアを届けにゆく。もともとうちの晩ごはんとして里芋のラザニアを作ったのだが、ミートソースもホワイトソースもたくさん余ったので、転がってたじゃがいもと戸棚の奥にしまいこまれていたラザニア(板状パスタ)でエクストラができた。両手がふさがっていて車からおりたあと傘がさせず、少し髪が濡れつつもラザニアは濡らすまいと抱え込み、ピンポンをならす。こ、これはまさに、「ニシンとカボチャの包み焼き」を届けるキキと激似のシチュエーションではないか!と自分に陶酔。「あたし、ラザニア嫌いなのよね」とは言われなかったので、よかったです。
ラザニア、子どもも大好きな味だし、絶対喜ぶだろうな~と期待して、いざ我が家の食卓。息子はラザニアもそれなりに食べたが、それよりも味噌汁の具の、くたくたになった白ネギ(細い輪切り)をいたく気に入って「ネギ」という単語まで獲得した。そこ!?
デザートに、ターキッシュレストランで買ったバクラヴァ。甘い!甘すぎる!でも好きな味。トルコの思い出というよりむしろ、カンバーウェルのタディムカフェの思い出。

1/31 THU

今日もあたたかくてよく晴れてる。秋から冬にかけて、息子はよく咳をしていて、喉を冷やさないようにスカーフを巻いてあげてた。最近は、気管が強くなったのか咳は減ったけど、スカーフ巻くのは習慣になっていて、しかも、彼の中で好みがはっきりあるらしく、自分で選んで「巻いてくれ」と持ってくる。最近の語彙。おいしいもの食べたとき「オイシイヨォ~~」「行っちゃった」を「イッタッチュ」。「カモメ」はうまく言える。
プラザで、今日、とあるママさんと話していたら、彼女があまりにも家事をかんっぺきにこなしているので「ほえぇ~」と感心しきり。毎日、全部屋の床を水拭きし、カーテンレールやレンジや冷蔵庫の上もきれいにし、お風呂は毎回水滴一滴残らずふき取り、排水溝や風呂釜の下も最低週一で掃除する。朝は5時に起きて、6時からみんなでごはん。色々聞いてたら、「なるほど、この人は家事が趣味なのだな!」と思った。ふつう、そういう話になると「いかに自分がすごいか」という自慢話になりがちなのだが、彼女の場合、嫌みさが全然ない。サーフィンが好きな人が海について語っているのをきくのと同じすがすがしさがあった。「う~むわたしには到底真似できないけれど、すごいな…」という種類の。そして、盗める技は盗ませていただこうと思い、遠慮なく質問した。
夜、だしまきたまごを作ろうとして、ふつうのたまご焼きになった。

1/30 WED

連日の快晴!毎日ふとんが干せて幸せ。天気予報を見たら、明日までつづくみたい。この時代にカレンダーや時計を見ずに過ごせる人はとても贅沢ものだと思うけど、天気予報を見ずに過ごすってのも、いいな。そうすると、雲の流れとか風の匂いとかに、今よりもっと敏感になりそう。
公園で息子と遊んでいたら、幼稚園児の女の子3人が、「ジャンヌダルクごっこ」を始めた。どうやら幼稚園の劇でやったらしい。わたしが幼稚園のときなんて、動物たちが次々出てきて最後みんなダンスする、みたいなストーリーもへったくれもない劇をやった記憶しかない。隔世の感!
今夜はアキが飲み会なので、Lucaとうちでごはんを食べようか~と言ってた。が!彼女のだんなさまがインフルエンザでダウンして仕事を早退して寝込んでいるとのことで、キャンセル。ごはんは最初っからあり合わせの予定だったので問題ないけど、一緒に食べようと思ってたフロレスタのドーナツが余ってしまう。ので、夜、ごはんもお風呂もすませたあと、息子と車で届けに行った。「アンパンマン聞かせろ」という息子の催促をガン無視して、Keith Jarrettを聞きながら夜道を走る。と言っても近いのですぐ着くのだけど。しかし、好きな人にドーナツ届けるため夜道を走るって、もうほんまにこれって恋やん!この相手がもしシングルの男性だったら、浮気のひとつにでも数えられるんじゃないかと思ってしまうほど。 でも、ルカとわたしは世間一般から見れば立派な「ママ友」で、そういう意味ではほんとにラッキーだと思う。でもわたしは、こういう熱い感情を抱くのは概して女性が多い。だから、男の人と結婚したことは奇跡的かも。もしこれをバイセクシュアルだというのならば、決して否定はできないな。でも、アキだって、男の人にめっちゃ好かれたり信頼されるタイプだし、女という生き物にそんなに興味もなさそうなので、うちら夫婦は、異性にさほど興味がないという点で、似たもの同士なのである。
夜は残り物の寄せ集め。でも何かフレッシュなものがひとつだけ食べたくて、セロリとりんごとチーズのサラダを作った。クルミも入れたかったけど、家になかった。ドレッシングは、ネットで検索。粒マスタード、はちみつ、塩、酢、オリーブオイルをまぜて。酢はバルサミコ酢が指定されていたが、切らしていたので、りんご酢で代用した。

1/29 TUE

よく晴れた朝。息子がまだ眠っている平和なうちに、コーヒー入り豆乳 (割合的に、豆乳入りコーヒーでなはい) を飲みながら、ひさしぶりに手紙を書く。気に入りの便箋、昔はたくさん持ってたけど、今はあんまりない。またコツコツ集めよう。素敵な便箋が手元にあるだけで、手紙を書くモチベーションがあがる。
プラザで、関西出身のママと話す。彼女いわく、「こっちの人に、『うちの子ほんまにワルイんです~』って言うと『えっ、体のどこが悪いの??大丈夫?』ってなるし、『うちの子ほんまにゴンタで~』っていうと『え、ゴンタ?!誰?!』ってなるんです」。ワルイってのは、いたずらっ子、ゴンタ(ゴンタクレともいう。音程は、骨っ子のゴンタが「もうふ」に近いとすれば、「ふとん」に近い) は、ヤンチャという意味。大阪ではみんな普通に使ってたけど、これって方言だったのかな? 意識したこともなかった。
午後は大濠公園へ。高い遊具の上に、息子をのせてみたら、いやだ、おりたいと言う表情をして、初めて「コワイ~」と言った。彼のコワイもマタネも音程は完全に大阪弁ネイティヴである。今日「アッチイコカ」などと言ってるのを他のママさんにきかれて、「こんなに小さい子が関西弁話してると、やけに大人びて見えて可愛いですね」と言われた。たしかに、他の土地から大阪に里帰りした際、大阪弁で応酬している小学生男子を見ると、妙に心強くきこえるので、1歳児だとなおさらかもしれない。

1/28 MON

美しい快晴。空が澄んでる。でも寒い。寒いけど、室内にいるともったいないので、今まで行ったことない公園へ出かけた。
翻訳者の横山貞子氏によるカレン・ブリクセン(イサク・ディーネセン)の物語の解説として、こういう部分がある。
「全体の枠組みをなす物語のなかで、登場人物の誰かれがそれぞれの時と場で物語をするかたちが繰りかえし現れる。そして、口で直接に語る物語独特の言いまわしが自然にきこえるような設定になっている。大きな箱を開けてみると、そのなかに、色どりも意匠もちがういくつかの箱が、美しく入れこになっているようなものである。日本の作家のなかでは、泉鏡花の物語構成のいくつかに、似たかたちがあるのに思いあたる。鏡花はその作中人物に語らせることの達人である」
その例として、「高野聖」と「歌行灯」があげられている。あと、ぜんぜん別の文脈で、友人が、名文の代表として、同じく鏡花の「売色鴨南蛮」をあげていたので、さっそく、そのすべてが収録されている新潮の文庫を読んでみた。日本語の美しさもさることながら、自由自在さに感じ入る。個人的には「高野聖」が好きだった。
夜は、刻んだわかめのたくさん入ったつくねバーグをメインに、かぼちゃの塩麹煮、ブロッコリーを添えて。筑前煮も少し。お味噌汁の具は大根葉と木綿豆腐。

1/27 SUN

ブランチにツナとコーンとレタスのサンドイッチ、チーズオムレツを作る。部屋の掃除をしたあと、外をみると雪。雨や雪の日は、大人はいろいろ遊び場所があるけど、小さい子どもが遊べる場所は限られているので悩む。そしてまた空港へ!個人的には夕方~夜の空港の方が好みかな?と思った。途中で、わたしもアキも妙に疲れを感じ、どよ~んとした空気になり、「なんでやろ?早起きしたっけ? いやしてへんか。低気圧のせいか?」などと話すも、よくよく考えたら単なる空腹であった。休日、遅い朝ごはんを食べたあと、三時ごろによく見られるパターンである。空腹をこらえて息子のために国際線へのシャトルバスに付き合い、いちおう国際線ターミナルも一回りしてから、うちら二人の気に入りであるジョリーパスタでスパゲッティを食べて元気を回復。空港の近くのジョリーパスタは大きな道路に面していて、飛んでくる飛行機のみならず、トラックやバスなどがビュンビュン通る。息子目線が乗り移ってる我々は、つい「最高のロケーションやん!」と言い合うも、スパゲッティを食べ終えるころ冷静になり、「殺伐としてて、レストランにすれば、むしろ最悪のロケーションやな」とつぶやきあう。
息子は自動車系のおもちゃはわりと持っているが、飛行機は持っていない。最近になって、組み立てブロックの+型のを飛行機に見たてて遊び出した。ファンヒーターの+マークや、果ては水道の蛇口までも「こーき!」と言う。不憫に思ったアキがとうとう今日空港で飛行機のおもちゃを買ってあげたら、ものすごく喜んでた。でもわたしは内心、あらゆるところに飛行機を見つけ出すその想像力に舌を巻いていたのだけれどね!
夜は、残り物のカレーを使って、カレーうどん。

1/26 SAT

今日は、夜中に起きてまた寝る二度寝早起きではなく、正統派早起き。6時に起きた。
英会話の仕事。今日もさくっと。仕事内容は好きだし、職場の人たちも生徒さんもみんないい人だし、ノーストレスである。
今日はLucaが、だんなさん(寿司職人)が長浜の魚市場で仕入れてきてくださったお刺身をたくさん持ってきてくれた。わたしはすし飯だけ用意して待っててと言われたので、ほんとにそうした。息子は、トマトやマヨネーズなど、すっぱいものは今のところ食べないので、すし飯なんて絶対無理だろうと思いながら、外の風に当てて粗熱をとる。そこに彼は駆けつけてきて「ごはん!」という。いやいや食べへんよ、すっぱいんやから、とダメもとで口に入れたら、なんと気に入っていた。ほんとに予測不可能である。せっかく気に入ってくれたので、ブロッコリーを刻んだのと、コーンとしらすと海苔で即席ちらし寿司にしてあげる。わたしたちは、豪華な海鮮丼!アキがバニラビーンズで買ってきてくれたケーキでお茶して、夕方5時ごろからみんなで空港へ!息子は「クーコー」を覚えた。展望台からは、ライトに照らされた飛行機や、真上を飛んでゆく飛行機がたくさん見えて、息子もセナくんも大興奮。わたしも、きれいだなあ…と見とれてしまう。ルカは、元フライトアテンダントなので、飛行機なんて見飽きてるかなと思ったけど、それどころか、「大好き。働いてる頃、お昼休みにお弁当食べながらいつも近くで見てた。同僚たちには『外にいて寒くないの?(暑くないの?)』ってよくきかれたけど」と笑っていた。
息子とセナくんはお互いをすでに知り合いと認識しているようだ。同じ空間で、けんかもせずに遊んでいる。セナくんが息子にハグしても、息子はもう慣れたのか、泣かなくなった。息子にとって、はじめての友達、かな?
セナという名前を見たとき、なんてきれいな音の響きだろう、と思うと同時に、セナといえばロンバケ!と思ってしまった。そしてルカにそれを言うと、「そうそう!ロングバケーション!そこから取ったの!」という答え。放映当時は日本にいなかったけど、日本語の学習も兼ねて、DVDを買ったらしい。「女の子が生まれたら、ミナミちゃんにしないとね~」だそう。ちなみにセナは本来は漢字である。(瀬名ではない。) 子どもの名前を見れば、8割がた親の雰囲気の察しがつく気がする今日この頃。

1/25 FRI

北風がふいて寒い!
今日も超早起き(2時~6時)で活動してみた。が、昼間眠すぎたので、もう少し睡眠時間を増やした方がいいかな。千絵ちゃんが、絵本の文章を、簡単でいいので英訳してほしい、というので、ざっと訳した。意味はなんとなく取れる程度にはできたかもしれないが、文章が稚拙すぎる。おんなじような構文ばかり使ってしまうし。英→和ならまだしも、和→英は、やはりわたしの能力では難しい!
息子が最近、「ごろごろする」ということを覚えた。そもそも生まれてから1年くらいは立つこともできないので、必然的にごろごろするしかないわけだが、そこから垂直の世界を得て、座ったり立ったり歩いたりするのが楽しくて仕方ない時期が続き、寝るなんてこともったいない!できるだけ起きていたい!という感じだった。でも、ほんとに最近、ホットカーペットやふとんに寝転ぶとラクで気持ちがいいということに初めて気がついたらしく、眠くもないのに意図的にごろんとなって、何もせずにいたり、そのまま絵本を見たり、ブランケットにくるまってみたりしてる。「ごろごろする」っていうのは、立ったり歩いたり、のあとに獲得される行為なのだな、と目からウロコだった。
実家に帰省中、お母さんが、りんごを切ってチンすると、簡単にアップルパイのフィリングのような食感になるといっていた。古くなったりんごがあったので、それをためしてみる。スライスのいくつかには、砂糖をすこしまぶしてみたり。1分半くらいレンジにかけると、シューシュー水分が蒸発する音がして、部屋中りんごのいい匂い。ジャムほどくたくたではなく、さくっとやわらかくて、砂糖はかけなくてもじゅうぶんおいしい。しかし息子は、生のりんごの方が好みらしく、食べなかった。チンすると、色が変わらないのがいい。
今夜はカレー。
プロフィール

織田 りねん

Author:織田 りねん
<おりた りねん>

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