6/29

湿度は高いけど、気温が低いこの梅雨の六月、すごく好きだなあ。七月になると暑くなるんだろうけど。三日前の夜、アキが東京より帰還。自分以外にも、シンくんのことを同じくらい心の底から可愛がってくれる人がいるのはいいね。そういう人が多ければ多いほど、母親への精神的な負担が減ると思う。
英会話スクールの同僚のネイティブの先生が、週一で教えに行ってる女子大の生徒たちの態度が悪過ぎて、この前ぶちきれたとぼやいていた。(欧米では授業中の私語とか寝るとかは、日本にくらべると、とても失礼に当たる印象)あまりに話をきかないので、’It's okay if you don't like me, but, BE RESPECTFUL!!‘ (わたしのことを嫌いでもいいけど、敬意は払いなさい)と言ったらすごくびっくりされたらしい。特に「わたしのこと嫌いでもいい」というところにびっくりしてた、と。日本人って、あまり感情的にならない(怒りや悲しみを外に出さない)といわれてるけど、内面ではすごくナイーブで感情的なところがあると思う。たとえば、「自分の意見を否定される=自分はその人に嫌われている」と受け取る人が多いので、ディスカッションは成り立ちにくい。学生たちにとって、「嫌いでもいいけど、敬意を払え」っていうコンセプトは、新鮮だっただろうなあ。同僚は、さらにつづける。「でさあ、それを言ってしまってから気がついたんだけど、それって、私や兄弟が幼いときに、ママによく言われてたセリフそのまんまだったんだよね。『ママなんて大っきらい!』って私たちが言ったら、そのセリフを言い返されてた。いつのまにか、ママとおんなじこと言ってるよ~、私ってば」と頭を抱えていた。
数日前、マティスの評伝読了。すばらしかった。作者のヒラリー・スパーリングは、イギリス人らしい冷静さでわりと淡々と描写するのだが、そこにはマティスへの親愛のきもちと、情熱がにじみでている。この人だからこそ、マティスの家族はプライベートな手紙を公開する気になったんだろうな。もともとマティスが好きだったけど、さらに大好きになった。そして、色彩にたいする憧れ、これがやっぱりわたしにとって、小説を書くモチベーションなんだとあらためて確認した。絵より文章の方が得意だから、文章を使っているけど、ほんとは絵の方が色彩に関してはダイレクトなので、それができる人がうらやましいし、あこがれる。本に出てくる、マティスとルノワールの関係、それと、マティスとピカソとの関係がすごくおもしろかった。フランソワーズ・ジロー(まだ存命!)の書いた「マティスとピカソ―芸術家の友情」もそのうち読みたい。ヴァンスの礼拝堂も、いつか見にいきたいな。この本には、無数に絵の描写が出てくる。そのうちの何点かはカラーの図版が載っているのだけど、ほとんどは、文章の説明のみ。こういうノンフィクションでビジュアルイメージに重きを置く本は、電子書籍にして、すべての絵に画像のリンクをはってくれれば、画期的だろうなと思う。(もちろん装丁が美しい紙の本も捨てがたいけれども。)引用したい箇所は無数にあるけど、きりがないので、ひとつだけ。マティス本人が書いた「画家のノート」より。

P.61
きみのなすべきことは、たっぷりと時間をかけて、描きたいと思うものを見つめ、これまで誰も見たことがない、あるいは一度も記述されたことのない側面を発見することである。どんなものにも、まだ発見されていない部分はある。なぜなら、人は自分の見ているすべてのものについて、これまでに誰かほかの人が考えたことの記憶にあてはめて考えることに慣れているからだ……燃える炎や平野に生えた一本の木を描こうとするとき、私たちはその炎なり木なりの前に立って、それらがほかの炎やほかの木とは少しも似ていないと思えるまで待たなければいけない。そうなって初めて、独創性が得られるのだ。

(訳:野中邦子)

6/23

円満にいってた母子家庭生活ですが、シンくんが風邪を引いたことにより、大混乱! 日常生活はどうにかこなせるものの、仕事の土曜日が問題。仕事は休めない、保育園は熱がある子を預かってくれない、病気の子をあずかってくれる知り合いはいない、(っていうかそんなの自分の親くらいしかなかなか頼めない気がする)、福岡市がやってる病児保育のある病院(たまたまかかりつけの小児科に併設されてる)は、土曜は午前のみ。木曜の夜の時点で、シンくん39℃くらい熱があり、そしてその晩とうとうわたしにもうつる。すごい寒気がして喉と関節が痛い。ああ、今までは風邪を引いても発熱をどうにかおさえこんでたけど、これまでか、しんどい…、しかし土曜日ほんとにどうすれば…、もはや万事休す! 誰か助けて~、と夜通しうなされながらあまり眠れず朝を迎えた。そしたら夜明け前の5:00頃、不思議なことが起こった。とつぜん身体がほんのりあたたかくなり、寒気、喉と関節の痛みが、急にさあ~~っと引いて行ったのだ。ものの1,2分の間に。そんな経験、今までにしたことがなかったので、いったい何が起こったのかわけがわからない。3時頃は38.7℃だったシンくんの熱を測ってみると、36.8℃!平熱! 急に元気が出てきたわたしは、寝ていられなくて、朝っぱらから料理を始める始末。誰か知らないけど、ほんとに助けにきてくれた。言ってみるもんだ。ありがとう。よって、このたびも発熱することなく、もちこたえました。たぶん、もし熱を出してたら、最後の手段として、大阪の母か、とよみさん(アキ母)に電話して、むりやり応援を頼んでみたかもしれないな。シンくんも金曜は朝から元気になったので、土曜は無事保育園に預けることができた。めでたしめでたし。ではなく、今回の一件で、まわりに頼れる親や親戚もいない中で、小さな子供を抱えて、仕事をしながら生活するっていうのは、ものすごく綱渡りなのだと知った。もちろんわたしの場合は仕事って言っても、たった週に一度なので気楽なもんだけど、これがフルタイムだったら……って想像すると「わーー!」ってなる。まあ普段はアキがいるから心強いけど、こうやっていないこともあると想定すると、自分の身内以外にも頼れる人(いわゆる「遠くの親類より近くの他人」ってやつ)が多い方がいいんだろうな。ただ、自分の経験や友達の話をきいていても、今はうちの母たちの世代よりも「ママ友」同士の付き合いが浅い感じがする。みんな自分の生活を守りたいこともあって、あまりお互いを家に呼んだりしないし。昔にくらべて、おおらかさがなくなって、色んなことに神経質になりすぎなのかも。かくいうわたしもそういうおおらかな付き合いはあまり得意ではないし、セーフティネットのため、という損得勘定のみで人付き合いができるとは思えない。だとしたら、代替案は、単なる「ママ友」ではなく、本当の友達を見つける、経済的に力をつけて他人の力を借りる、自分の体力をつける、そのあたりになるだろう。
マティスの評伝を読みすすめてる。おもしろい。でも、風邪がうつった日はさすがにしんどくて本が読めなかった。代わりに、タコくんの四コマを読んだ。この前、10冊くらい借りたうちの1冊。癒されるという言葉を無駄遣いはしたくないけど、これは本当に癒された。

6/17

昨日は一日中すごい雨。車でシンくんを保育園まで連れてって、そのまま近くの駐車場にとめ、仕事に行った。そんなことができるなんて、一年前の自分(完全なるペーパードライバー)からすれば、すごいことだ。運転できる人からすれば、「なにがすごいんだか…」ってことやろうけど。しかしまだ駐車は苦手。まだコツをつかめていない。午後は、また車で(強調)総合図書館へ。マティスの評伝を借りに。入ったばかりの本なので、わたしがその本を借りる一人目だった。こういうとき、電子じゃなくてスタンプを押すタイプの図書カードだったらいいのにな、と思う。本の装丁がすごくきれい。定価6800円だったので、とりあえず借りたけど、いつか買って手元に置いておきたい。
シンくんは最近、よく立つ練習をしている。きゃっきゃと笑いながら、どすんと尻もちをついたり、すってんと転んだりして、何度でも起きあがる。目標にたどり着くまでは,歯をくいしばって耐えるもの、というイメージがあるけど、子どもを見てると、全然それがあてはまらない。むしろプロセスそのものが楽しくて仕方ない!って感じ。その姿勢は強いよなあ。だって(文字通り)どう転んだって楽しいわけだから、ただただやりつづけて、いつのまにか目的地に着いている。
今日は、うってかわって、晴れ。友人の友人が福岡に住んでいるので、初めて会うことになった。学校や会社などの組織を通さずに、個人対個人で会うのって、ちょっと緊張するけど、余計なものが無い分、ストレートに話しあえる。何の利害関係もなく、ただ話してるとおもしろくって時間があっという間にすぎて、また会いたいと思える、つまりは「友達」だと思える人に出会ったのは久しぶりだ。友達ができるって、やっぱりうれしい。最初は図書館で、そのあとは、百道の砂浜でしゃべって、お互いが作った本を交換した。シンくんは、砂浜でも、立つ練習をしていた。

6/13

弟1の誕生日。25歳、かな? おめでとう!
6/10から、アキは仕事の関係で、東京暮らし。9月半ばまで福岡と行ったりきたり。(8月は学会でロシアにも行くっぽい)次福岡に戻るのは6月末かな。それまでシンくんとわたしは二人暮らし。こどもプラザとかでそういう話をすると、「実家も遠いしタイヘンでしょう」と言われるけど、実際そうでもない。もちろん、アキや両親がいてくれたら助かりまくりだけど、いないならいないで、それなりに楽しく日々を送るだけ。それが可能なのは、なによりシンくんが健康でいてくれるおかげだけどね。正直、子育てってもっとフラストレーションたまるものかと思ってた。わたしの場合、他にやりたいこと(主に創作活動)があるので、家の中にずっといても、シンくんが寝た瞬間べつの世界に行けるのが大きいのかな。頭の中が100%こどものことだったら、お互い息がつまると思う。それって恋人同士とかにも言えることだけど。わたしにとっていちばんてっとり早く別の世界に行けるのは、やっぱり読書。(創作より受動的だし)それが人によっては、映画だったり音楽だったり、ドラマだったり、スポーツだったり、家庭菜園だったり、お笑いだったり、アイドルを応援することだったり、いろいろなんだろな。なんでもいいから、他人にどう思われようがとにかくわたしはこれが好きなんだ!と思える心の王国を持ってると、自分の時間がほとんどなくても、そう深いところまで落ちてゆくことはない気がする。とは言いつつ、妊娠後期~産後(けっこう最近)まで、あまり本は読んでいない。物理的に時間がないっていうのもあるけど、こまかい字を追う気になれなかった。一年経って、日記をまた始める気になったり、創作のペースも上がってきたりして、ああ、本格的に思考能力が元に戻るのって一年くらいかかるんだなってわかった。身体の方は、半年くらいで元気になったけど、頭はそのあとをついてゆく感じ。なので、『ユリイカ』を買ってみた。この前亡くなったわたしの好きな作家「アントニオ・タブッキ」特集。白水社から出たばかりの『マティス 知られざる生涯』は、図書館で借りることにした。両方とも、読むの楽しみ。
自分しか食べる人がいないので、料理はめっちゃ適当。もちろん、毎晩インスタントラーメンってことはないけれど。どう適当かというと、組み合わせを何にも考えずに思いつくままに作るので、今日は、はっ と気づいたら、いもばかりだった。キャベツとじゃがいもの豆乳ポタージュ(シンくんの離乳食も兼ねる)、コロッケ(買ってきた)、かぼちゃとさつまいもの煮物。口のなかモゴモゴ、お茶飲みまくり、おかずだけでお腹いっぱい。まあでもたまにはこういう気楽な日々もいい。

6/7

新人っぽい営業の男の子が、暑いのか、スーツごとうでまくりして歩いている。その横を通り過ぎる高校生の女の子のスカートが、風をうけてバルーンみたいにひろがる。夏が近い。
宮古島のしぃちゃんは今二人目を妊娠中。一人目は宮古で産んだけど、二人目は地元の大阪で産むらしく、何ヵ月か前に、わたしが産んだO助産院のことを教えてあげた。いくつか候補があった中で、最終的にそこに決めたみたい。そしたら、宮古でも、O助産院で産んだ人に遭遇したらしい。すごい偶然。その人は大絶賛していたとのこと。わかる。O助産院での出産について、そのうちエッセイにまとめようと思ってます。しぃちゃんはもうすぐ臨月。無事に産まれますように。
わたし自身は、大阪市内の別のK助産院で産まれたのだけど、O助産院のO先生(おばあちゃん)は、若い頃、そのK助産院で修行していたことがあったそうな。しかも! K助産院でO先生を指導した先生(もう亡くなっている)は、うちの父が産まれたときに、取りあげた人なのだ。(その頃は、自宅出産が普通だった)そんなこと全然知らずに、O助産院に決めたので、びっくりした。連綿とつづいてるなあ…。
助産師っていう職業、医者にくらべたら地味だけど、実際にお世話になってみて、ものすごく、もうほんとにものすごくかっこいい仕事だと思った。今のところ、尊敬する職業ベスト1かもしれない。色んな意味で、もっと光があたっていいと思う。はっ、そうか、今思いついたけど、助産師が出てくる小説を書けばいいのかも! 書きたいものリストに入れておこう。
タスマニアにいった幼なじみの游風子さん(助産師)、元気でやってるかなあ。

6/2

土曜の夜。佐賀の小城に蛍を見にいった。週末は混むから、平日に行こうかって言ってたけど、一日中曇りで湿度が高く、絶好の蛍日和だと思われたので、急遽決行。2年前の6月にも行った祇園川の上流。また三瀬峠を越えてゆく。前回と同様、みんな山の路肩に駐車している。車をおりると、ひんやりとした山の空気。それでもやはり湿度は高く、白いもやがほわあっとただよっている。土の匂い、木々の匂い、葉が揺れる音、川のせせらぎ。そういう全部をおもいきりすいこむと、からだの中の何かが入れ替わってゆく心地。田舎の良さを全然知らずに育ったわたしだけど、大人になってからでもこうして知ることができて、本当によかったと思う。その季節にしかできないこと、その場所でないと体験できないことを、これからシンくんにいっぱい見せてあげたいし、自分も見たい。
蛍はいた。たくさんいた。水面、空中、そして森の中。シンくんは、アキの手にとまった蛍をさわろうとしたけど、手を伸ばした瞬間、ふわふわととんでいってしまった。「蛍は亡くなった人の魂」とどこかできいたことがあって、その儚い様子を見ているとなるほどなと思う気持ちもある反面、逆に、「これから母の体内に宿ろうとしている魂」だったら素敵なのにな、とも思った。光が受け継がれてゆくイメージ。帰りの車の中で、シンくん爆睡。大人二人は、帰ってから小腹がすいたので、お茶漬けを食べた。
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織田 りねん

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