4/30

いつもとはちょっと違った散歩道を歩いてみた。そしたらなんだか辺鄙な田舎道に出てしまい、目の前には土の急斜面が。丘の上は畑になっている。畑の向こう側に出たいけど、どうしたらいいんだろう、と思っていると、小学校高学年くらいの男の子たちが道端にたむろしている。きいてみよ、と決めた瞬間、彼らからも「あの人にきいてみよーや」と言う声が。道はふたてに分かれていて、左側は鬱蒼とした林、右には畑がつづいている。彼らはその林をゆびさし、「あの~、この奥の奥ってなにがあるんですか?」と。いやいや…そんなんわたしの方こそききたいから。と思いつつ、話のつづきをきく。どうやらちょっとだけ探検してみたらしい。「からすがめっちゃくちゃたくさんおった」「いのししもおった」「小さい子どもを見た気がする」などなど。みんな真剣で、けっこう本気で怖がっていて、まるでジブリ映画の世界にまぎれこんだような気分になる。とりあえずわたしもここに来たのは初めてだ、ということを告げ、丘を越えるにはどうしたらいいのかきいてみる。「ここ(斜面)のぼればいいねん」とあっさり言われ、「このおなかじゃ無理よ」と言い返す。すると「ほんならあっちまわって階段のぼればいける」と教えてくれたので、お礼を言って、去る。あのあと、男の子たちはどうしたんだろう。勇気を出して、もう一度探検しに行ったんだろうか。
その後無事、駅につづく道を見つけ、スタバでじゅりを待ち合わせ。この前試飲させてもらったソイストロベリークリームフラペチーノがちゃんと商品化されていたので、それにする。透明なカップの中で、ピンクと白がまざりあって、きれい。お茶して、そのままうちに来て、そのあと散歩して、他愛ないことをたくさん話す。「ゆうまくん(弟2) どうしてるん」とじゅりにきかれたので、「ああ、この前まで大阪帰ってきてたけど、埼玉戻ったで」と答えた。
「埼玉なんや」
「うん、所沢」
「へ~、避暑地やな、いいな」
「……言っとくけど、軽井沢とはちゃうで…」
「……あ」
夕食のあと、なおみちゃんから電話。話が長くなりそうだったので、「うち来たら?」と言ったら、すぐに自転車でやってきた。いつも散歩で彼女の家の前を通っているのだけど、本人と会うのはひさしぶり。
なんとなく、赤ちゃんが下がってきたような気もする。明日から5月。出産予定日まで一週間。とりあえず、今日からしばらくこの日記はお休みします。再開するかどうかは今のところまだ未定です。(たぶん落ち着いたらすると思うのですが)
これまでずっと読んで下さった方々、ありがとうございました。

4/29

GW突入、らしい。ここ数週間のわたしはGWどころか週末も平日もほとんど関係ない生活をしているので、あまり実感はない。アキが大阪に戻ってきたことで、どうにか感じられるくらい。昼間合流して、寝屋川の方のティコへ。八幡もきた。しばらく3人でお茶したあと、ちょっと歩いたりして、二人はそのまま京都へ。明日前ちゃんとアイコちゃんの結婚式があるので、東京から小物をひっさげてやってくる仲間たちと、余興の練習を泊まり込みでするのだそうだ。式には、実はわたしも招待されていて、すっごく行きたかったけど、予定日一週間前ということで、万が一式場で産気づいたり破水したりしたら大迷惑にもほどがある、と思って欠席させていただくことにしたのだった。アイコちゃんの晴れ姿、見たかったな!相手が前ちゃんということは、たぶん常識をこえてくるような演出がなされることが予想されるので、それも見たかった!でも背に腹(しかもでかい)は代えられない。
市議選に出て、先週無事当選した同級生と道端でばったり。同級生なのに敬語でしゃべる彼。選挙に出たから、というわけではなく、小学生の頃から誰に対してもそうなのだ。
夜は、「そんな興味ないねんけどな~」と言いつつ、ロイヤルウエディングをなんとなく見てしまう。

4/28

ソメイヨシノのあと咲き誇っていた八重桜も半分くらい散って、濃いピンクの花びらが道端につもっている。
病院→産院コース(全部徒歩)。病院では鉄剤の結果を見るために採血。結果が出るのは来週だけど、「結果出る前に産まれてたりしてね~、あはは」と言われ、あはは、と返す。血の感じを見た看護士さんには「う~ん、うすいですね~、さらさらしてる」と言われたので、貧血は貧血みたい。度合いがちょっとでも良くなっててくれたらいいけど。血がうすいと出血が止まりにくくなるのが問題なのだが、産院の先生が「れんこんには止血作用があるから、しっかり食べてね」とマザークラスで話しておられるのをきいたので、先週から毎日食べている。多めにスライス、酢漬けにして。今日産院に着くと、関東地方から避難して来られている妊婦さんがいた。先生は「隣にうちの空き家があるから、しばらくそこに(無料で)住んでもええよ。つい最近までいわき市から小さいお子さん連れて避難してきてる人たちに提供してたんやけど、この前となり町に家見つけてとりあえずそこに落ちつきはったわ」と、さらっと仰っていた。助産師さんがわたしのおなかをさわって、「赤ちゃんの頭をさわってもぐらぐらしないから、骨盤に(はまるようにして)少しずつ下がってきてるのかもね」と言われた。いいぞ。
晩ごはんは、酢豚、など。昔は酢豚に入ってるパイナップルは苦手だったけど、今は好き。でも、うちの酢豚には昔も今も入ってない。

4/27

朝だけ晴れ。だんだん雲がひろがり、昼過ぎから降ったりやんだり。雨がふるすこし前に散歩に出たら、空気がどうにか雨をもちこたえている、という感じの湿度。雨直前の土臭い匂いもする。いったん降り出すと、空気が急にかるくなった。テニスコートの野球少年たちは、雨が弱いうちは、屋根のあるベンチに駆け込んで様子を見ていたけど、雨が強くなってくると「うえーい!!」などと叫びながら狂ったように走り回り、野球再開。なんだか動物的ですがすがしい。
わたしが通っていた公立の小学校は、一学年6クラスあって、全体で1300人くらい在籍していて、マンモス校と言われていたのだけど、そのあとは子どもの数とともにクラス数も減る一方だった。でも、また最近増えはじめ、今年入学の一年生は、またわたしたちくらいの人数で6クラスあるらしい。それくらい同級生がいると、クラス替えがすごく楽しみなんだよね。道ですれちがう新一年生があまりに小さいので、「あんなちっちゃいのに一人で登下校してるんや~」とつぶやいたら、一緒にいた母に「あんたはもっとちっちゃかったで」と言われた。
おとうさんの誕生日。でも、父本人が色々用事があったので、お祝いは週末にすることになった。おかあさんと選んだプレゼントのストールだけは、今日あげた。

4/26

かなり気温があがる。黄色いレンギョウが、あちこちで枝垂れている。大阪では、かなり春らしい春、というか三寒四温をくりかえしてだんだんあたたかくなってきたけど、九州はこの前まで肌寒くて、今日いきなり夏日のように暑かったらしい。境目のはっきりしない季節の移り変わりが、日本らしくていいのにね。
昼は、母とそばを食べに行く。両親行きつけの、駅前のそば屋さん。その後、ひとりで散歩。今日はかなりストイックに坂の多い道を休まず2時間以上歩いたので、散歩と呼べるようなのんびりしたしろものじゃなかった。しかも暑くて、汗だらだら、顔はまっか。でも、気持ちとしては、試合当日に備えるアスリートのようなものもあるので、ちょうどいいかも。
夕方は、妹がケーキを焼いていたので、台所にはあまい匂いがただよっていた。妹は料理家の高山なおみさんが好きらしく、エッセイやレシピなど、本をたくさん持っていたので、何冊か借りて読んでみている。文章も料理も無駄な飾り気がなくて、素敵。わたしもレシピ本買おう。
夜はカレー。

4/25

朝、雷雨で目がさめる。でも、また眠る。昨日は昼寝をしなかったのでぐっすり眠れた。
一ヵ月くらいこの町を歩いていたら、坂道に慣れてきたみたいで、息がきれなくなってきた。あ、それと鉄剤のおかげもあるかな。
夕方、通っていた高校の近くを歩いていたら、部活を終えて駅に向かう子たちとたくさんすれちがった。まじめであかぬけなくてのんびりした雰囲気はそのまま、制服もそのまま。野球部独自の白い大きなバッグもそのまま受け継がれている。その野球部の集団の中に、野元君とか梶原君がまざってそうな錯覚におちいる。それだけじゃなくて、青と白の自転車に乗った10年前の自分とも、すれちがってもおかしくない、そんな気持ちになるくらい、商店街の感じも変わっていなかった。付き合ってたわけじゃないけど、アキともよく二人乗りしたなあ。
震災後しばらく品薄になっていたものがいつの間にかふつうにスーパーに並びはじめている。わたしの知らないところで、一生懸命復旧作業がつづいているんだ。
夜はNHKの「もしドラ」のアニメを観た。

4/24

庭の花水木が満開。あざやかなピンク。
また寝たのは明け方だったけど、10:30には目が覚めて、今日はそのまま夜まで起きていた。
地元のホールで、母の所属する市民楽団の演奏会があった。でも、2時間すわりっぱなしはもう無理だと判断したので、行かなかった。代わりに2時間歩く。歩く方が楽。
夕方、父の車で無印に連れてってもらう。衣装ケースをゲット。
実家に帰ってきて、「あれっ」と思ったことがある。父の友人がたけのこを届けてくれたり、母の知人が旅行のおみやげを持ってきてくれたりすることがあったのだが、その際、アポなしで、いきなりピンポーンとなった。母と散歩中、知り合いの家を通ったとき、「最近会ってないけど、どうしてるかな」と言って、呼び鈴をならすのも見た。わたしの感覚だと、そういうときは一度携帯にメールか電話して、相手の都合をたしかめてから行くのが普通。たとえぐうぜん家の前を通ったとしても、いきなり呼び鈴はならさず、やっぱりまず携帯に連絡すると思う。たぶんわたしたちの世代だったら、だいたいみんなそうなんじゃないかなあ。どっちがいいとかわるいとかじゃなくて、「常識」ってやつは時代によってどんどんうつりかわるものなんだな、と思っただけ。
母が打ち上げでいなかったので、晩ごはんはおこわのお弁当。
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織田 りねん

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